ソガイ

批評と創作を行う永久機関

「ジャンル」を「パラダイム」にしないために

 芥川賞直木賞の季節が、またやってきた。

 正直なことを言うと、芥川賞直木賞の候補作が発表されても、受賞作決定までにそのほとんどの作品を読むことができていない。(今回は芥川賞候補については3作品読んだ。無難、と言われるかもしれないが一押しは北条裕子『美しい顔』である。)その点、純粋なフォロワーとは言えないのかもしれないが、こういった趣味をもつ一介の人間として、半年ごとにやはり気になる存在である。

 周知の通り、芥川賞直木賞の違いは純文学と大衆小説の分類によって語られる。そのふたつの違いを、明確な根拠や例示をもって示すことのできる人間を私はほとんど知らないが、しかし、各々の名が示すものやその差は「なんとなく」共有されているように思われる。もちろん、個々の作品や作家について、これは純文学だ、いや大衆小説だ、という見解の相違はあるだろうが、総体としては、それなりの共有解が見いだされる。しかし、その「なんとなく」共有されているもの、この前に取りあげさせてもらった。

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 ここで「パラダイム」と示しているものこそが強固であり、揺るがしがたい力を持つこともあるのだ。

 この問題については拙文で多少触れているので深くは立ち入らない。

「小説の筋」論争からみた、芥川と谷崎 - ソガイ

 ところで、この種の分類はほかのものにも見られる。たとえば、小説と随筆、随筆と批評、あるいは大人の文学と児童文学……。

 私の関心に引きつけて例を挙げれば、谷崎潤一郎吉野葛』は、あきらかに現実の谷崎を語り手としていながら、創作作品の様相を持つ。秋山駿は随筆なのか批評なのか。児童文学作家としてしばしば名前の挙がるミヒャエル・エンデの『モモ』『はてしない物語』などは、いわゆる「児童文学」に収まる作品なのか。

 すこしずれるがいじわるなことを言えば、書店でときどき見かける、男性作家と女性作家の文芸書を分けている棚、これは大半の書店がそうだが、時代小説とその他の一般文芸を分ける棚、ここにはなにか意味があるのだろうか。

 

 吉田篤弘『あること、ないこと』(平凡社)という、まさに「エッセイでも小説でもなく、そのどちらでもあって、どちらでもない本です。」という文章が帯にある本のあとがきには、次のような一節がある。

 

 ところで、この世には、ジャンル分けという無粋なものがありますが、エッセイでもフィクションでもなく、そのどちらでもあって、どちらでもないこの本は、ジャンル分けへのささやかな抵抗でもあります。『あること、ないこと』という表題に、その思いをこめました。(292頁)

 

 ジャンル分けを「無粋なもの」と言い切ってしまうところに、柔らかい文章のなかにも強さを感じる。私が吉田篤弘の作品に夢中になっていることが納得させられた。また、吉田篤弘(吉田夫妻)がプライベートでも親交があり、お互いの著作を送り合う仲であるという堀江敏幸、自身を「小説家」ではなく、とりあえずニュアンスとして一番近いと思われる「作家」と称する文章にも、似たような意識が流れていると思う。

 私にはまだそこまで言い切るだけの自信はないのであるが、しかし上記の引用文と同感である。私はここ数年で、ジャンルというものに懐疑的になっているようだ。

 もちろん、存在を全否定するつもりはない。それは、商業的に考えたときにはラベルとして非常に有効であることは間違いないからだ。この世には無数の本がある。たとえば作品名と作家名しか情報が得られない状況で一冊の本を選ぶときのことを想像してみる。文字通り、目が回る事態であろう。だいたいのジャンルの概念が決められていることで、売り手はより多くの望む読者に届け、読者はより確実に求める作品を手に入れることができる。優柔不断な私は、おおいにその恩恵を受けている。もっとも、かつての秋田書房(チャンピョン?)のコミック単行本のように、ひとつひとつの作品に細かいジャンル名を用意する必要まではないと思う。(しかし、「小説家になろう」などにみられるタグは非常に細かいところまで及び、あの頃の秋田書房的、といえないこともない。)

 だったらなぜそんなことを言うのか、と問われれば、それは個人的な嗜好としかいえないのかもしれない。つまり、同じ小説好きにも、ミステリ好き、SF好き、ライトノベル好き、歴史小説好き、と呼びうる、ジャンルを愛好するひとがある。それは、いろいろな作品に触れていくなかで、おのずと決まっていくものなんだろう、と思う。私はなぜか、少なくともいまのところは、そうはならなかった。いやむしろ、ジャンルがはっきりしないようなものを好んでいるきらいすらある。どちらが良い悪い、という問題では、当然ない。ただ、自分がいま現在そうなっているから、ジャンルというものにそれほど重きを置いていない、ということだ。

 思えば、私は高校2年生くらいまではもっぱらライトノベルを読んでいた。その時期にたまたま出会った野﨑まどに、これはなんなんだ、とどはまりした。野﨑まどはいちおうメディアワークス文庫からデビューした作家ではあるが、当初からその枠には収まりきらないものを持っていた。逆に、ライトノベルの方はどんどんと先鋭化、あるいはガラパゴス化するにつれて距離を置くようになった。

 ライトノベルに限らないが、「ジャンルの越境」といった現象が現代の流れとして語られることがある。(過去の文芸誌などを見ると、だいたいいつの時代も同じようなことが言われているような気もするのだが……)

 これが事実、そうなのかもしれない。たしかに、ひとつのジャンルにとどまらない作家や作品というものも、それなりに名前を挙げることができる。と、同時に、ジャンルの枠組みが揺れてきているからこそ、その枠を強固にしようとする動きも見られるように感じられる。越境と拒絶は、同時に起きる。

 

 これはだいぶ前に読んだものなので内容を忘れてしまっているのだが、秋山駿の『私小説という人生』(新潮社)という、いちおう批評集とされている本がある。そもそも批評と評論のきっちりとした定義や違いを私は説明できないのであるが、ともかく、その本の最初の項目、「田山花袋『蒲団』」はこう始まっている。

 

 愚かなことかもしれぬが、私は、自分のことをもう一度生き直してみよう、という年齢に達したと思った。

 それで、自分に文学の魅力を教えてくれたもの、ドストエフスキー罪と罰』を、初めて眼にするもののように、一ページ一ページを読んでみた。

 そうか、若い頃はこんな言葉に魅入られていたのか、と、しだいに自分の心のかたちが明らかになっていった。

 しかし、それと同時に、小説という生き物の魅力が、いよいよ不思議なものに思われるようになっていった。(中略)いったい小説とは、どういう生き物か?(8頁)

  

 それらの文学の名作に対して、私の忘恩の徒であった、と言ってよろしい。私はそれらの名作には、石ころの声がない、理由なき殺人の声がない、これらを二極とするところの精神のドラマがない、として、打ち捨てていたのであった。

 私は自分の生を省て、そこに自分の空白がある、と痛く感じた。

 そこで、発心して、日本近代文学の名作を、初めて読むように、読もうと思う。(9頁)

 私は当時、批評と呼ばれている文章をあまり読んでいなかった。なんとなく難しい気がしていたからである。つまりは読まず嫌いだ。しかし、たまたま古本屋で手に取ったこの本は、なかなかおもしろく読んだ。おそらく私はこれを一種のエッセイとして読んだし、もっと言えば、どこかに小説的要素すら感じていた。

 この本は、もちろん日本の私小説について論じたものではあるのだが、明らかに秋山駿の個人的関心、「舗石」や「理由なき殺人」といったものも根底にある。批評文でありながら、「私」の思いを前面に出していく。『舗石の思想』(小沢書店)は連作エッセイであるが「私」の物語にもなっているのと同様、秋山は私小説を論じながら、明らかに「私」を描いている。言ってしまえば、この本自体がひとつのエッセイであり、かつひとつの「私小説」となっている趣すら感じる。狙っていたのかどうか、そこまでは分からないし、分からなければならない訳でもないのだろう。

 

 最後に、今度は本と実生活が結びついた私の実例をひとつあげてみようと思う。

 たしか、大学1年の秋ごろ、高校時代に学年主任だった国語教諭がくも膜下出血で急逝した。私はそれを講義の直前、LINEで知らされた。呆然として、90分、なにも頭に入らなかった。同時に、なぜ自分がこれほどまでに喪失感に打ちひしがれているのか、わからなかった。

 もちろん話したことはあるし、別れてから1年も満たないひとが突然亡くなったのだから、驚くのは当然なのかもしれない。母親から、卒業式のあと学年主任の先生が、これほどまでに思い入れのある学年は初めてですと語っていたことを聞いた。しかし、これはあとから思い出した話だ。そこまで親しくしていたわけではない。薄情であるが、そうなるまで半ば忘れていた存在だった。

 なにも考えられないまま帰宅し、気がつくと涙を流していた。たぶん、号泣だった。悲しいよね。買い物から帰宅した母親が事情を知り、そう言ったような気がする。わからない。そうだった。私はそのとき、自分がどうして泣いているのかわからなかった。悲しいのかどうか、わからなかった。

 その涙は、1週間以上は続いた。もちろんずっと泣いていたわけではない。シャワーを浴びているとき、歯磨きをしているとき、ご飯を食べていて、ベッドに入って……。ふとした瞬間に涙がこぼれてしかたがなかった。そんな状態だから、電車で一時間以上かかる葬儀場には行けなかった。友人に香典を預けるのが精一杯だった。ちゃんと行けなかったことは、いまでも心残りである。

 その感情の動きも少し落ち着いたころ、私は図書館で中島義道の本を借りていた。どの本だったか、もう忘れてしまったのだが、そこにはたしか、中島さんが受け持っていたゼミの生徒が自殺したときの話が書かれていた。その学生とは、それほど深いつながりがなかった。それなのに、中島さんはそれから、道を歩いているときや、講義をしているときなど、唐突に涙がこぼれてしかたがない時期が続いたという。そこから、「死」というものについて考える。そういう内容だった。

 そんなに本を読んでどうするのか、という声はしばしば聞く。もっとも私はそういってもらえるほどの本を読めていないと思うが。それはさておき、私はそれまで中島義道の名前すら知らなかったし、哲学にはいまでもそれほどの興味はない。手に取ったのは本当にたまたまなのだ。

 ひとつのジャンルに固執せずにときには場当たり的に本を読んでいれば、こういうこともあるのだ。

 

 今回は非常にとりとめのない内容になった。思い付くままに、いっけん繋がりのなさそうな作品を同じ平面に取りあげてみた。私自身も、こうして書いてみるまで、吉田篤弘と秋山駿、くわえて野﨑まどや中島義道がひとつの短い記事に並ぶことになるとは思ってもみなかった。でも、これこそがものを読んだり書いたりすることの楽しみなんだ、と再発見した。これは、ひとつの小説のなかでも同じだ。こうして書かれてみるまでつながりもなさそうなものがつながるとき、ちょっとした感慨を覚える。

 

 散々言われ尽くしていることだろうが、作品を作品たらしめているのは読者の存在である。そして基本的に、読者はその作品をどのように読もうと、自由である。

 ただ、ひとつ実感としていえることがある。

「ジャンル」というものが気づかぬうちに固定観念、「パラダイム」となって、外部を取り込むのではなく排除する方向に働いてしまうと、あったかもしれない出会いや読みを逃すことになるかもしれない。

 そしてこれは、なにも本に限った問題ではないのだ。試みに、「ジャンル」と書いたかぎ括弧のなかに、「普通」とか「男/女」、「日本人」、「世の中」なんて単語を入れてみるといいかもしれない。

 そういった思考に向かわなければ、それは「本・文学」が「パラダイム」になっているだけなのだ。どんなに高尚な学問を修得していてもそれをその学問の閉じた問題と見なしている限り、それは「勉強なんてしてもなんの役に立たない」といってはばからない人間と、姿勢としてはそれほど変わらない。

 

(文責 宵野)