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梅崎春生『怠惰の美徳』をだらだら書評する。

  文庫で三〇〇ページ程度のこの本には短編、エッセーが数多く収録されている。よって、一つ一つの文量は大したものではない。特に短い作品など二ページほどしかない。ちょっとした空き時間に、気楽に読み進められる本である。

 「怠惰の美徳」*1という表題作からも分かるように、多くの作品には作者の怠惰的な考えが影響している。そのことも相まってか、作者の語り口は独特で味のあるものだ。例えば、表題作のエッセイで梅崎は「私は滝になりたい」*2と書いている。ぼんやりと怠けているからだというが、滝を見て怠けていると感じる人は古今東西を探してもそういないのではないか。

 解説、荻原魚雷の言には思わず頷くところがある。

 (前略)なぜ滝なのか。生物ですらないではないか。おかしい、やはり本物は違う。そう簡単に尻尾をつかませてくれない。*3

 さらに「怠惰の美徳」で梅崎はこう記す。

 

 そういえば、私はどちらかというと、仕事が差し迫ってくると怠けだす傾向がある。(中略)これは当然の話で、仕事があればこそ怠けるということが成立するのであって、仕事がないのに怠けるということなんかあり得ない。すなわち、仕事が私を怠けさせるのだ。*4

 

 ありきたりな考えならば、仕事を怠ける人間がいた時、責任を負うのは人間である。しかし、梅崎の考えは違う。人間ではなく、仕事が悪いのだ。確かに、仕事がなければどんな怠け者も怠けることはできないわけで一理ある。

 こんなふうな作者なので、この本には適当に(良く言えば自然体で)書いたのではないかと思われるエッセーや短編が多い。いかにも文学然とした硬い作品は最後に収録されている「防波堤」ぐらいだ。

 例えば、「近頃の若いもの」というエッセーでは、だんだんと筆が滑り、遂にはそれを自身で認めてしまう。挙げ句に最後の文章は「やはり酷暑に仕事するものではないようだ。*5」である。もっとも、私はそのような梅崎の作風が気に入ってしまったのだが。

 特に私が気に入ったのは「飯塚酒場」というエッセーとも、小説とも言える作品である。この作品では第二次大戦中の、飯塚酒場の奇妙な様子が描かれている。戦時期を描いた文学というと陰惨な印象がつきまとうが、この作品はそのような戦争文学とはかなり色合いがちがう。

 戦争の影響で一人一回あたりの酒量が制限され始めたが、飯塚酒場は値段の割に多くの酒や肴を提供していた。そのため、酒場には行列ができ、さらにはその長さが伸び始めた。それにつれて、行列ができ始める時間も早くなっていく。

 酒を飲み終えた客はただちにまた行列に並び始める。というのも、一回あたりの量が制限されているからである。しかし、再び店に入れば酒が飲める。杜撰な規制だが、客たちにはありがたかったろう。

 そのうえ、酒もすばやく飲まなければならない。何故ならば、一度に一定の人数を入場させその全員が退店しない限り、新しい客を入れないからだ。さっさと飲まないと、酒に飢えている連中から凄まじい非難を受けるのは火を見るより明らかだ*6

 こういう事情なので酒を楽しむというより、一刻も早く酒を飲み走って行列にまた加わる。そんな競技をしているような具合になった。この状況を梅崎は以下のように評する。

 すなわちこの酒場においては、早く飲めるものでないと、どぶろくをビールみたいにあおれるものでないと、入場の資格はなかった。それが資格であるからこそ、その資格の最上を競おうという気持ちになるのも、ある程度はうなずける話だろう。*7

 何がある程度うなずける話なのか。理解に苦しむのはきっと私だけではないだろう。こんなふざけて書いているのか、それとも本気なのか判断が難しい文章も梅崎の魅力の一つかもしれない。あるいはおふざけと本気が入り混じっているとも言えるかもしれない。

 話は大きく変わるが、チャールズ・ブコウスキーに『勝手に生きろ』という自伝的な小説がある。ちょうど時代は「飯塚酒場」と同じく第二次大戦中である。しかしながら、主人公に戦争はほとんど関係がない。無計画に職を変え、酒を飲み、女と遊ぶだけである。

 そんな『勝手に生きろ』には、主人公と知人が競馬場の窓口へ全速力で向かう場面がある*8。職場から退勤すると、窓口の締切がぎりぎりになるからだ。駐車場に車を停めた後、二人は競い合うように窓口へと全力で走る。怠惰な人間たちが、滑稽なほど一生懸命になる瞬間がある。梅崎が描く酒場の競争とそっくりだ。

 梅崎やブコウスキーのような人間ばかりだったら、日米は戦争になどならなかったのではないか。皆が酒場や賭場に向かってかけっこをしていたかもしれない。まるでオリンピックのような、平和の祭典である。梅崎を真似て、訳の分からない事を言ってみた。

 

参考文献

梅崎春生『怠惰の美徳』(2018) 中央公論新社

チャールズ・ブコウスキー『勝手に生きろ』(2007) 河出書房新社 都甲幸治 訳 

*1:「」を使うと作品名、『』を使うと書籍名を表すという出版上の慣習があるらしい。表題作を語る時には便利である。

*2:16ページ。

*3:302ページ。

*4:17ページ。

*5:72ページ。

*6:ネット上で語られるラーメン二郎のロット乱しという概念を彷彿とさせる。ラーメン店では一度に複数人分の麺が茹でられる。他の客より、食べるのが遅いとそのペースが乱れるというものだ。もっとも、私は実際に行ったことはないし、そもそもこれはネット上の冗談らしいのだが。

*7:252ページ。

*8:『勝手に生きろ』128から131ページ。