ソガイ

批評と創作を行う永久機関

書評『ベストセラーコード』にみるベストセラー小説の特徴

簡単な紹介

 本書は一言で言えば、ベストセラー小説の特徴を統計的に分析したものである。ベストセラー小説はニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリストから選ばれたものである。ちなみに、そのリストに入る作品の割合は0.5%に満たないと見られている。

 大雑把に言えば、それらを非ベストセラーと比べ、何が違うかを明らかにしている*1。検討されている要素はテーマ、プロット、文体、キャラクターなどである。より正確には、それらの要素も細かく別れている。文体で言えば、「a」「the」「in」「she」がどれぐらい使われているか、のように。それらの特徴は2800*2にものぼる。

 

売れる小説とは?

 さて、本題に入ろう。本書が導き出した売れる小説の特徴とは何か? 主なものをテーマ、プロット、文体、キャラクターの要素に分けて見ていこう。なお当り前のことだが、以下に述べる特徴を有していないベストセラー小説もあるだろう。これは割合の問題だからだ。例えて言えば、大卒と中卒のどちらの収入が高いかのようなものだ。大卒より高収入の中卒もいるが、全体で見れば大卒のほうが中卒より高収入ということになるように。

 また、日本語とはあまり関係がない要素は省略する。例えば、定冠詞の使い方などだ。

テーマ

 本書では小説のある部分がどんなテーマを扱っているのかが定量化されている。例えば、家庭生活を描いている部分だったら家庭という風に。そして本の中で家庭というテーマが何%を占めるのかが集計されるのだ。

 ベストセラーでは非ベストセラーよりテーマが絞り込まれている。具体的に言えば、上位1つか2つのテーマで30%が占められている。そしてそれらのテーマはありふれたものである*3。一例を上げると以下の様なものだ。登場人物の交流が描かれた親密な人間関係、家庭、仕事、子供の学校生活、最新テクノロジー。対して売れていない小説には非日常的なテーマが多い。例えば宇宙での闘い、政財界での駆け引き、造語などだ。

プロット

 本書はポジティブな感情、ネガティブな感情という観点を導入している。そして、それらの感情が時間が経つにつれて、どう変化するか。このことにより、プロットを分析している。これだけでは分かりづらいので、図を引用しよう。

f:id:sogaisogai:20180305195628j:plain

(P123より)

 日本人には馴染みが薄いがE・L・ジェイムズ「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」はベストセラー小説である。そして残りの二つはそうではない。グラフの縦軸は感情の変化を表していく。上に行くほどポジティブ、下に行くほどネガティブである。この図に顕著なように、ベストセラー小説は山と谷が急である。逆に売れない小説は変化が乏しい。

 物語にメリハリが合った小説のほうがほうが売れるというのは、違和感がない。

文体

 堅苦しい表現よりもくだけた表現が用いられる。例えば、ベストセラー小説では縮約形*4が多い。形容詞と副詞、特に形容詞は使われる頻度が低い。

 平均的な読者は簡潔な文章を好むということだろうか。

キャラクター

 主人公は行動的である。ベストセラーではそれ以外の小説と比較してneed(必要だ)とwant(欲しい)を2倍、miss(ないのを惜しむ、寂しく思う)とlove(愛する)を1.5倍使う。逆に非ベストセラー小説の主人公はネガティブであり、行動的でない。

 余談であるが、以上を見ていくと日本の純文学が売れないのも当然だという気がしてくる。およそ、売れない方の特徴を満たしている。もちろん、日米で売れる小説の特徴が全く異なる可能性はあるわけだが。

 またこれらのベストセラーの小説を満たす作品として、池井戸潤の作品群を思い出した。とはいっても、私は原作ではなくドラマしか見ていないのだが。例えば、家庭、仕事、最新のテクノロジーなどのテーマ。あるいは主人公の主体性と、事態の変化による激しい感情の起伏。彼の作品が売れるのも分かるものだ。

売れる小説の予測

 驚くべきことに、本書では売れる小説の予測という挑戦もなされている。つまり、ある小説の要素からその小説がベストセラーリスト入りする確率を予測するわけだ。この試みは概ね成功しているようだ。例えば、著者たちは「ザ・サークル」という本がベストセラーリスト入りすることを的中している。前述したように、ここに入る小説は0.5%以下である。偶然ではないと考えるのが妥当だろう。

本書の統計的限界

 統計家である西内が解説で適切に指摘しているように、本書の統計分析にはいくつかの限界がある。

 まず、アメリカ市場が対象であること。翻訳小説もリストには入っているが、それが日本のリストとは異なることは明らかだ。他方で国が違うとは言え、何らかの共通している部分があると考えることは不自然ではない。

 だが、どこが共通していてどこが異なるのかは正確には分からない。正確に求めようとするなら日本版の同じような調査をするしかないだろう。

 また本書が発見したベストセラーの特徴とは相関関係であって、必ずしも因果関係ではないということだ。例えば、売れる作家があるテーマを好むとしても、読者はそのテーマが特に好きではないのかもしれない。だとしたら、そのテーマを含んだ小説が売れるのは、その作家の文体や、プロットなどの能力なわけだ。この場合、それらの能力がない作家がそのテーマを書いても売れないのは理解できるだろう。

 だからこそ、このブログのタイトルはベストセラー小説の書き方ではなく、特徴なのである。本書に書かれてあることを実行しても、必ず売れるという保証はない。

 さらに、本書はあくまでそれまでのデータを元にしているものにすぎない。例えば、読者の好みが大幅に変化した場合には違う結論が出てくるだろう。また西内は以下のような興味深いことを指摘している。それは本書のモデルを使って小説が書かれ、売られた時にはまた違う結論になるだろうということだ。現状とは出版の供給構造が変わるのだから。

 以上の欠点は統計的な、あるいは技術的なものである。これとは別に本書の文学的な限界も存在している。それはベストセラーであることと、良い小説であることを著者たちが安易に結びつけすぎていることだ。その点で本書は純粋な統計分析だけを行っているわけではない。随所にベストセラー小説を称える言葉があるからだ。

 もっとも、著者たちが指摘するように文学界隈ではベストセラー小説を軽く見る風潮*5があることは確かだ。優れているから、一般人には理解されず、売れないのだと言うような風潮さえある。それらに対する逆張り、反発の側面もあるのかもしれない。

アルゴリズムのその先へ

 小説を書くプログラムというのは、まだまだ技術的に不十分だろう。例えば、星新一賞に小説が投稿されたと話題になった。

www.nikkei.com

 しかし、実態は自立したAIとは程遠いものだ。一例をあげよう。「登場人物の設定や話の筋、文章の「部品」に相当するものを人間が用意し、AIがそれをもとに小説を自動的に生成した」*6ものにすぎない。

 だが、売れる小説を書こうとする人にとってはベストセラー予測プログラムでも十分である。あるいは本書に書かれている特徴を意識して小説を書くだけでも。もちろん、前述したように例えアメリカ国内でもそれが必ずしもうまくいくとは限らない。だが、全ての特徴が相関関係ということもないだろうし、読者の好みの変化はゆっくりとしたものだろう。それにとりあえず当初は大きく出版の構造が変化することもない。一定の効果はあるのではないか。そのような手法が取り入れられた世界はどんなものなのだろうか。

 西内はアメリカのポピュラー音楽について、この問題が起こっていることを記述している。印象に残る曲の部分のデータを元に、作曲をする作曲家が増えたと。その結果、売れる曲が似たり寄ったりになってきているのだと言う。多くの作曲家が同じデータに基づいて売れそうな曲に近づけていくからだ。

 この現象が小説の世界でも起きるのではないか。どこかで見たことのあるような展開や、文体、キャラクターの小説ばかりが売れていく世界*7もちろん、人間はやがて飽きるから、多少は変化があるだろうが。あるいは、読者の側がベストセラー予測プログラムを使って、読みたい小説を決めるということも考えられる。プログラムを扱える読者は少ないから、実際には単に数字を見て判断することになろうだろうが。

 要は読者がこれまで読んで面白かった小説と、同じような小説を読み続ける世界である。ある意味では心地の良い世界だ。アマゾンのおすすめがさらに洗練されたような形だろう。しかし、読者はその陰で思いもよらなかったような小説に会う機会を失っていく*8

 実証性は何もないが、私はそのような世界は貧しい世界だと思う。ある意味では恐ろしい世界でもある。表面上は異なっていても、構造的には似ている小説を無意識に読まされ続けるのだ。

 どうやって売れる小説を書くのか、という問題に対してはプログラムが助け舟を出そうとしてくれている。だが、その小説がいい小説なのか、そのプログラムを使うべきなのかということは教えてはくれない。

 結局、小説家はいい小説とはなんなのか。売れ線に合わせて、自分の作風を変えるべきかという問題に悩まされ続けるだろう。これは昔から変わりばえのしない問題だ。そんな悩みとの苦闘から、現在の読者の好みを変える、あるいは超えるような作品が出てくるのかもしれない。

文責 雲葉零

『ベストセラーコード』 ジョディ・アーチャー , マシュー・ジョッカーズ (著), 川添 節子 (翻訳), 西内 啓 (監修)

人工知能創作小説、一部が「星新一賞」1次審査通過 :日本経済新聞

(2018年 3月5日 最終閲覧)

*1:私は統計やプログラムの専門知識が特にあるわけではない。せいぜい大学で統計学の講義を取ったことがあるぐらいである。プログラムに至ってはそれ以下だ。またこのブログはそれらの話題を専門的に扱うものでもない。よって、技術的な説明は殆ど省略している。詳しく知りたい方は原典に当たって欲しい。

*2:当初は2万にも達したが、分析の役に立たない要素は削除された。

*3:より正確に言えば、アメリカの読者にとって。例えば割りとよく出てくるテーマに訴訟があるが日本ではあまり馴染みがない。

*4:can'tなど

*5:この点では日米で大差がない。

*6:人工知能創作小説、一部が「星新一賞」1次審査通過

*7:現在もそうではないかという批判があるだろうが、ますますそうなるということだ。

*8:これは納得ができる現象だ。何故なら、そんな小説とは読みづらいものなのだ。初めて外国語を読んだ時に強烈な違和感を感じるように。そうそう売れるものではない。