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アメリカ禁書ランキングトップ10 2016年度版 後編

ランキング一位 「This One Summer」を読んで

 一位の「This One Summer」をKindleで購入して読んだ。そもそも同作が禁書になった理由を振り返ろう。LGBTの人物が登場し、薬物が使用され、不敬*1で、「大人びたテーマと相まって性的に露骨」だと考えられたからであった。

 本題に戻る。以下、その四つの理由に注目して、感想と内容を述べていく。同作にはスラングや口語が多く、読み解くのに少し苦労したのでちょっと誤解しているところもあるだろうが。

 最初に結論を述べてしまうと、「This One Summer」はそれほど過激な作品だとは思えなかった。もちろん、何が過激かというのは人によって違うのであるから、以下詳しく説明する。

 「This One Summer」の主人公は二人の少女、ローズとウィンディである。ローズはウィンディよりも一歳半ほど年上である。*2はっきりとした年齢描写は、一見したところ見つからない。絵柄や扱われ方から判断すると、10歳前後ぐらいだろうか。ちなみにローズの年齢を一〇代前半ぐらいと、判断している書評もある*3

 過激でないと述べた主な理由は、上述した禁書の理由に主人公が二人があまり関わっていないからだ。脇役と言っていい人物たちが、禁書の理由となる行動を起こし、主人公二人は遠巻きにそれに関わっているという感が強い。

 例えば、作中でダンカンという少年が恋人を妊娠させ、揉め事を起こす。ダンカンは主人公二人が利用する雑貨店やビデオショップの店員で、ローズは彼に恋心をいだいている。しかし、主人公二人とダンカンとのつながりはそこまで強いものではない。単なる客よりは関係性があるにしても、顔見知り程度のものだ。

 主人公二人が薬物を使用するということもないし、汚い言葉遣いも主に主人公二人以外の人物、具体的に言えばダンカンの周囲のティーンエイジャーが使う場面が多い。

 敢えて主人公二人が主体的に関わる重大な不敬あるいは非行を挙げれば、ローズが母親と激しい口論をした場面ぐらいだろうか。年齢制限があるホラー映画「エルム街の悪夢」を、ビデオ店で借りる場面もあるが、大したこととは思えない。 

現代アメリカにおける禁書運動の分析

 次に、現代アメリカにおける禁書運動を全体的に把握していこう。便利なことに、アメリカ図書館協会は、そのことについてネット上で発表している。例えば、以下の図のように。上部のランキング上位10位の紹介は前回行ったので、下部を中心に見て欲しい。

 

http://www.oif.ala.org/oif/wp-content/uploads/2017/04/OIF-graphic-2000.jpg

 *4

 下部左側の「Where are books challengnd? 」はどこで禁書の申し立てが行われるかを表している。公的図書館が49%と一位だが、二位の学校と三位の学校図書館を合わせた値は50%でそれを上回る*5

 その右隣上部の「Who challenges books?」は誰が禁書の申し立てを行っているかを表している。一位は親で42%。31%を占める二位のパトロンという単語は分かりづらいが、おそらく学校のパトロン、支援者のことだろう。三位は行政で10%、四位は図書館職員と教師で合わせて8%である。

 この二つの情報を合わせると、子供にその本を読ませないために、禁書運動の多くが行われていること事が分かる。

 その下の「Why are books challengnd? 」は禁書申し立ての理由を表している。これまでのようにパーセンテージがないので分かりづらいが、見た目の大きさの順に列挙しよう。もっとも全てではないが。

sexually explicit 性的露骨さ

offensive language 不快な言葉遣い

violence 暴力

LGBT

religious viewpoint 宗教上の観点

nudity ヌード

author 著者 

日本との比較

 私が調べた限り、現代日本の禁書に関する網羅的な統計は見つけられなかった。しかし、子供の本を読む自由、そして性表現が重大な争点になっているという点などで日米共通しているようにみえる。例えば、日本ではやや古くなるが、以下のような悪書追放運動の事例がある。

 

背景にあったのは1950~60年台の少年非行。その原因として、過激な性や暴力が描写された本や雑誌が挙げられた。各地の自治体は青少年健全育成条例を定めて、そうした本や雑誌を「有害図書」に指定し、販売のしかたを制限した。

 白ポストはそうした「有害図書」を家庭内に持ち込ませないようにと、兵庫県尼崎市で1963年、ドラム缶を白く塗って置いたのが始まりらしい。長崎県の設置はその翌年で、全国でも先進的な取り組みだったようだ。

*6 

  幸いなことに、「有害図書」回収は現代の日本ではごく一部に留まっている。だが、各地の青少年保護育成条例によって、青少年に限定して一部の図書が規制されている。例えば、東京都青少年の健全な育成に関する条例では、第8条1で以下の基準を満たした、図書*7を知事が不健全図書として指定できることを規定している。

 

「(前略)その内容が、青少年に対し、著しく性的感情を刺激し、甚だしく残虐性を助長し、又は著しく自殺若しくは犯罪を誘発するものとして、東京都規則で定める基準に該当し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの」

 

 また第八条の二では、以下のように規定している。ちなみに、この条文に出てくる第7条2号では実写を除いた、漫画、アニメなどの画像に限って規制が行われている。よって、この条文では実写映画や小説のたぐいは対象になっていない。

 

「(前略)その内容が、第七条第二号に該当するもののうち、強姦等の著しく社会規範に反する性交又は性交類似行為を、著しく不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を著しく妨げるものとして、東京都規則で定める基準に該当し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあると認められるもの」

 そして不健全図書として指定された図書は、第9条で青少年向けの販売などが規制されている。第8条を読めば分かるように、性表現や暴力性を焦点にして、子供に限定して、規制が行われているのである。アメリカの禁書運動と、理由が似通っていることが分かる。

 あえて違いを言うならば、LGBTや宗教を理由にした、規制や禁書運動は日本ではあまりないことだろうか。ただ、同条例の第7条2号では近親相姦の描写が規制されている*8。方向性はかなり異なるが、性的タブーを禁止するという点では、やはり通じるものがある。

 

表現の自由の最前線

 例えば、大統領批判を理由に、アメリカ政府が図書館から書籍を取り除くということはあまり考えられない*9。また、仮にそのようなことが起きても、かなり激しい批判が起きるだろう。あるいは日本での政府批判も同じだろう。民主主義国家では、表現の自由の重要性について、正面から否定する政治家はほとんどいないし、国民もある程度理解しているからである。

 だから、先進国での禁書や検閲の焦点は子供向け書籍に移っているのだろうし、その主体は政府だけでなく民間も担っている。いや、むしろアメリカの場合、民間団体のほうが積極的に禁書運動を起こしているように思える。あくまで、私的な行動なので、好き勝手に動けるからだろう。日本でもPTAなどの民間諸団体が禁書運動に関わっている。

 このような状況は中国やロシアなどに比べれば遥かにましなのは確かである。日米やあるいは西ヨーロッパ諸国の政治状況と禁書や検閲という単語は、あまり結びつかないようにさえ思える。

 とはいえ、ましだからといって、表現の自由が完全に保たれているのかどうかには注意をしなければならないだろう。子供に対する規制だから、大人は関係ないと言っても、子供だっていつかは大人になるのだ。

 子供時代に何を読んだかによって、どのような本を読むのかに違いが出るのは当たり前である。私自身、子供時代に読んだ本で、いまだに印象に残っている本はいくらでもあるし、いまだに好きな作家もいる。本は、文章は思考に影響を与える。どんな大人になるのかにさえ、違いが出るだろう。

 むしろ、そうだからこそ、子供向け書籍をある種の大人たちが規制しようとするのではないのか。LGBTの登場人物が全く出てこない作品しか読んだことのない読者が、大人になって主人公がセクシュアルマイノリティである作品を読んだらどう思うだろうか。違和感を感じるのではないか。あるいはLGBTの人物が出てこない作品しか読んだことのない、子供が現実にそのような人物と接触したらどうだろうか。

 度々引用してきたアメリカ図書館協会のサイトから、以下の警句を引いて本記事を締めくくる。

 

検閲はほとんど気づかれないほどに微妙なものでありうる。露骨で明白なものでありうるのと同じように。しかし、それにもかかわらず有害である*10

 

参考文献

‘This One Summer,’ by Mariko Tamaki and Jillian Tamaki - The New York Times


東京都青少年の健全な育成に関する条例

上記はいずれも最終閲覧が2017年9月15日である。

*1:ちなみに前回記事を投稿した後に、知人から不敬とは一体何なのかという質問を受けた。確かに、神に対する不敬とか、政府に対する不敬ならば意味がはっきりしているが、単に不敬では意味が漠然としている。しかし、翻訳元のアメリカ図書館協会「Top Ten Challenged Books」では、不敬、原語だとprofanity単体で使われている。辞書で調べたところ、神に対する不敬を暗に意味することもあるらしいが、自信がなかったので単に不敬と訳した。

「This One Summer」を読んで、類推するところ、おそらく社会常識とか、良識に対する不敬を暗に意味しているのではないか。また、ローズが親と言い争うシーンがあるので、親に対する不敬も意味しているのかもしれない。必ずしも神に対する不敬というわけでもないようだ。少なくとも、同作で宗教的な要素はほとんど感じられなかった。

*2:「This one summer」19頁。

*3:

‘This One Summer,’ by Mariko Tamaki and Jillian Tamaki - The New York Times

*4:画像の著作権アメリカ図書館協会に属する。 Artwork courtesy of the American Library Association。

Top Ten Challenged Books: Resources & Graphics | Advocacy, Legislation & Issues

*5:学校と学校図書館を分けている意味は正直いって、断定できない。だが、以下の記事を見ると、おそらく教科書に対する禁書運動を指しているのではないか。

New Florida Law Lets Residents Challenge School Textbooks : NPR

*6:

「白ポスト」王国、長崎の特殊事情 「有害図書」回収に同行してみた - withnews(ウィズニュース)

*7:余談だが同条例で優良図書を指定しているのも面白いところだ。

*8:ただし、前述したように実写や小説は対象になっていない。

*9:もっとも、トランプ大統領ならやりかねない気さえするのが怖いが。

*10:

Banned Books Q&A | Advocacy, Legislation & Issues