ソガイ

批評と創作を行う永久機関

『フラッガーの方程式』感想

 浅倉秋成を、私はなんて評すればいいのだろう。『ノワール・レヴナント』で第十三回講談社BOX新人賞Powers を受賞してデビューした浅倉秋成は、同じく第十三回講談社BOX新人賞Powers の応募作を加筆修正した『フラッガーの方程式』、三年ぶりの新刊となった『失恋覚悟のラウンドアバウト』、いまのところ、この三作しか作品を発表していない。端的に言って、寡作である。

 私もこのひとの新作を心待ちにしているひとりであるが、しかし、ひとたび作品を読めば、なぜこれほどまでに遅筆であるのか、理由は明らかだ。

 浅倉の作風は、「伏線」である。もちろん、小説に限らず、あまねく物語作品において、まったく伏線のない物語というものはきっと存在しないであろう。伏線は、物語に刺激や味をもたらす。

 しかし、浅倉作品の伏線は、もはや物語の添え物、ましてや隠し味ではない。伏線、それ自体が物語、と言ってしまっても過言ではないほど、主役面をしているのである。物語の核であるだけに、その数も尋常ではない。読んでいる最中は、「え、あれも伏線だったのか」、読み終わっては、「いったいどれだけ伏線があったんだ」、唖然としてしまう。どれだけ綿密な設計図を立ててこの物語を作り上げたというのか、その苦労もしのばれるというものである。

 デビュー作『ノワール・レヴナント』は、まずその分厚さにたまげる。二段組み、612頁(書籍全体)。4人の登場人物の群像劇、一人称多元視点で語られる物語は、講談社BOX系の新人賞受賞作品らしく(?)非常にとがった内容となっている。困ったことに、これが頁をめくる手が止まらないのだが、しかし、読了後の頭の疲労感、といったものが凄まじい。伏線につぐ伏線、さらにその下を流れる伏線、といった様相を呈するこの複雑な物語は、しかし非常に感動的だ。よくあれだけはちゃめちゃなことをして、こうもきれいにまとめられるものだ、と職人に対するような感心をしたものだった。

 

 さて、そこでこの二作目の『フラッガーの方程式』だ。浅倉秋成入門(三作しかないのに入門もなにもないだろうが)があるとすれば、私はこの作品を推す。この作者にとっての伏線、というものが、もっともわかりやすい作品だと思うからだ。

 あらすじを説明したいのだが、この作品はいままで書評で採り上げてきた作品にもまして、あらすじをまとめるのが難しい。申し訳ないが、ここは公式の帯文を引用させていただく。

「深夜アニメの主人公のようなドラマティックな人生にしてみませんか?」何気ない行動を「フラグ」として認識し、平凡な日常をドラマに変えてしまう“フラッガーシステム”。そのデバッグテストに選ばれた平凡な高校生・東條涼一の生活は激変! やがてフラッガーシステムは、憧れの佐藤佳子さんとの「ある意味」感動的なラストへ向けて、涼一が思いもよらない暴走をはじめる!

  フラグ、という単語は、ゲームやアニメに親しんでいるひとには身近なものであろう。起源まではわからないが、恋愛シミュレーションゲームなどで、ヒロイン攻略の「フラグが立った」、なんて言い回しを、耳にしたことがあるかもしれない。やや暴論ではあるが、「フラグ」はまさしく、伏線である。まさしく、「伏線」がテーマの物語なのだ。もはや、伏線のためだけの物語。それでいて、ちょっとしたメタフィクションにもなっていて、さらに、極めて爽やかな読後感を残すラブコメディである。なかなか欲張りだ。

 ここで恋愛シミュレーションゲームを喩えにつかったが、この物語を説明するのにおいては、多分これが一番適切であろう。恋愛シミュレーションゲーム、通称ギャルゲー(べつにエロゲでもいいが、そういった性的要素はない。あしからず)の主人公(プレイヤー)の行動、選択は、極論をいえば、すべてヒロイン攻略のためにある。ただ単に好感度を上げる、というのもあれば、ヒロインの秘密を暴く、といった重要なものまで様々であるが、いうなれば、すべてヒロイン攻略のフラグを立てるためにプログラミングされた行動であるわけだ。

 すべての行動を「フラグ」にしてしまう「フラッガーシステム」の被験者となった涼一は、このときギャルゲーの主人公になったのだ。彼の想い人は、佐藤佳子。もちろん彼は、彼女との「エンディング」を期待して被験者となるわけであるのだが、ギャルゲーを知っているひとならご存じだろうが、この手のゲームでは、ヒロインはひとりではない。その多くがマルチエンディング、つまり、各ヒロインとの恋愛模様がそれぞれ用意されている世界であるのだ。ものによっては同時攻略といったものも可能であるこのシステムにのっとるだけに、この作品にも、複数のヒロインがいる。

 物語の性質上ネタバレには慎重にならざるを得ず、非常にもどかしい。こんな伏線の回収の仕方がありなのか、と冗談抜きで嘆息をもらした私の読書体験を語り尽くしたいのを、ここはぐっと堪える。

 少しだけ話すと、よりにもよって、本命である佐藤さんの攻略へと向かうのは最後になるのであるのだ。しかし、この物語はゲームとは異なり、やはり、マルチエンディングではない。それでありながら、完全に一本道のノベルゲームとも、どこか違う気がする。つまり、佐藤さんへと向かう物語ということはわかっていながらも、もしかしたらほかのヒロインとのエンディングも、ないとはわかっていながら、それでもあり得たのではないか、といった様相を呈するのだ。

 そういったものについて、私が近い作品を挙げられるとするならば、『G線上の魔王』というアダルトゲームであろうか。本題ではないのであまり深く掘り下げないようにしようと思うが、軽く説明すると、このゲームは明らかに、メインヒロインである宇佐美ハルと結ばれるまでの道が本筋である。散りばめられた伏線は、このエンディングためにこそある。しかし、この話にはあと3人のヒロインがいる。もちろん彼女たちとのエンディングもあるのだが、一般的なマルチエンディングと異なるのは、宇佐美ハルのエンディングにたどり着くためには、ほかのヒロイン攻略の道を、すべて途中まで辿る必要がある、ということである。他のヒロインとのエンディングは、宇佐美ハルへと続くルートの中途から派生しているようなものであるのだ。

 いわば、一般的なマルチエンディングをツリーダイアグラム、樹形図と見立てられるのに対し、『G線上の魔王』は、一本の太い幹から、いくつかの小枝が伸びている、といったようなものだ。

 『フラッガーの方程式』も、この方式に近い。近いのだが、このフラッガーシステムのシナリオ編成等を受け持ち、フラグというものがよくわからない涼一のアドバイザーとしてともに行動する、ヘビーオタクの村田清山は、やはりあくまでもこのフラッガーシステムが生み出す「ご都合主義」のシナリオを、どこかギャルゲーチックなものとして考えている節がある。私もそう思っていた。だからこそ、だまされた。『G線上の魔王』ではいちおうあった小枝が、『フラッガーの方程式』では、あらかじめ本元の幹に吸収される運命を持たされた幻の枝だった。

 すべてのフラグはこのエンディングのためだけに収斂する。究極の「ご都合主義」の物語である。なにせ、佐藤さんとのエンディングという「都合」のためだけに、それまでの物語すべての存在意義が保証されている、といったようなものなのだから。

 非常に精密でありながら、かつ極めて無理やりな力業で構築される、まさに科学と力が融合した物語を、是非体験してみて欲しい。

 なるほど、ここまでくれば「ご都合主義」も、あなどれない。きっと、そう思えてくるはずだ。

 

(文責 宵野)

掌編小説「彼女」

  「彼女」

 恋人はいないし、作る気もない。周りにはそういっている。

 二次会の誘いを断った帰り道、駅から家の間に立つ五十五本の街灯、その五十本目は、この町に移ってから五年の間、ずっと不規則なリズムで白と橙の光の点滅を続けている。四十五本目を過ぎるころから歩く速さを落とし、四十八本目に差しかかると左手をコートのポケットから取り出し、四十九本目で中指の先を噛んで手袋を外し、バッグに仕舞う。頭の上でぱちぱち光が舞うと、裸になった左手、その手のひらを前に向けて小さく伸ばす。そっとあてがわれた五本の指を感じてから手を握り、残りの三本を、空に白い息をこぼしながら歩いていく。

 ステンレス製の階段に響く音は、冬の夜に似ている。カコン、カコン、と規則正しく刻まれる無機質で思いの外よく響く音は、かえって静けさを意識させた。一階から三階まで計十五部屋、現在十部屋埋まっているこのアパートだが、ほかの住人に出くわしたことは一度もない。最後にこの階段の外側をのぼったのは、四年以上前のことだ。

 空いている右手でバッグのキーリールを伸ばして鍵を開ける。ドアを開くとはじめて手を離し、ノブをつかんだ右腕をくぐって彼女が先に部屋に入る。

 かちゃかちゃとマグカップの音を背中に感じながら革靴を脱ぐ。台所で手を洗っていると、彼女がコートの裾を引っ張り、小さな両腕をいっぱいに広げる。くわえたハンカチで手をさっと拭って、コートを脱いで彼女に渡した。ぎゅっと抱きしめて、彼女はぱたぱたと廊下を小走りで居間に向かう。

 居間はほんのり温まっていた。彼女が淹れてくれた紅茶の湯気に、口の周りが湿った。彼女はタオルケットにくるまって、ベッドにもたれかかっている。彼女の吐息が、湯気を揺らしていた。まだ半分くらい残るマグカップを片手に、ベッドの上に丸まっていた毛布をもう片手で引っ張ってきて彼女の右側に腰を下ろし、そっと毛布を広げた。一度マグカップをテーブルに置いて、毛布を彼女のからだにかけてあげる。マグカップを取り直して残りの半分に自分もからだを滑り込ませると、彼女はすっとすり寄って、左肩にからだを預けてきた。

 からだが透明というだけで、彼女はいたって普通の人間だ。からだが透明なせいか、彼女は声も透明だが、もちろん声は聞こえる。透明といえどもからだはたしかにそこにあるのだから、当然、知覚することだってできる。移り住んだその日にも彼女は五十本目の街灯の陰に隠れていたし、こうして同じ部屋で暮らすようになるまでの一年間だって、彼女はそこにあった。

 気がつけば、時刻は二十二時。船を漕ぎ始めた彼女の肩を抱きよせると、とろんとした目でほほ笑んで胸板に頭を預けて、ぐりぐりと額をこすり付けてきた。おやすみ。半分夢の世界に入っている彼女は、かろうじて、といったように顔を上げて、おやすみなさい、と返して寝息を立て始めた。

 彼女との関係を言葉で表すのは難しい。

 知人、の枠は超えている。友人、にしても生活に密着しすぎている。だったら恋人か、ということになるのだが、それもどこか違う気がする。まれに参加する飲み会でお酒が回ったときに話題の中心となる恋愛関係の話や猥談で聞く恋人関係とは、ずれが拭いきれない。そういった意味では、恋人はいないという言葉に嘘はないのだが、では娘のようなものであろうか。たしかに、彼女は小さい。容姿だって幼い。だからといって、彼女の方が長く生きているのだから、手放しに娘とはいえないし、彼女とはもっと対等な関係だと思っている。

 抱っこした彼女をベッドに横たえてから、羽毛布団を首までかけてやる。彼女は口をもにょもにょさせながら両手で布団を引き寄せ、壁の方に寝返りをうった。

 もう寝てしまってもよかったのだが、まだ眠気には程遠い。牛乳を電子レンジで温めてから、元々は彼女のために常備し始めた粉末ココアをスプーンで二杯落とし、かちゃかちゃかき回す。濡れたスプーンはそのまま流しに放って、中身をこぼさないようにすり足で居間に戻り、ベッドに背をもたれ、彼女の寝息を背中に感じながら、読み止しの小説を開いた。

 えりを引っ張られる感覚で、本から顔を上げた。物語は終盤に向かっていた。その手をつかんで、薄く目を開けている彼女に、もうちょっとだから、と肩越しにささやいた。彼女は頷き、しかし手は離してくれなかった。仕方なく片手で本を支え、親指でページをめくって残りの二十四ページを読んでから、足にかけていたタオルケットを彼女の腕のなかに入れてあげる。彼女は寝惚け眼でそれを受け取り、顔に押し付けるように抱きしめる。静かに布団をめくりからだを滑り込ませる。手探りで枕元のリモコンをつかみ、消灯のボタンを、指を滑らせることで見つけ、電気を消す。

 タオルケットを抱きしめてからだを丸めた彼女の頭は、胸の下にある。からだの位置を整えて、収まりのいい位置、ちょうどあごが彼女の頭頂部にくる位置に合わせ、タオルケットを抱きしめる彼女の小さな体躯を抱きしめ、彼女の頭の、今日は柚子の香りを吸い込みながら、眠りに落ちた。

 その日、否応なしに巻き込まれた猥談に仕方なしに耳を傾けていて、彼女と同居するようになった四年前から自慰行為をまったくおこなっていなかったことに気付かされた。意味もなく回数を競っていた学生時代が、とうに自分の時間軸から切り離されたもののように感じられた。ひとは悪口合戦と猥談に際し、持ち前の熱量をフルに発揮する生き物らしい。ここに、男女の差はない。違いがあるとすれば、その性質くらいだ。

 およそ昼とは思えないシモの話題になると、オフィスのノートパソコンのスリープを解除し、インターネットをつなぐ。近頃、彼女は入浴剤に凝っている。品質ではなく、とにかく種類を楽しみたいらしい彼女のために、細かな情報収集は欠かせない。十種類の香りが二つずつ入っているセットを見つけ、帰りに薬局に寄って探すことに決め、ウィンドウを閉じた。デスクトップには、デジタルカメラで撮った写真を設定している。いつものことといえど、笑みがこぼれるのを押さえられない。

「お前、変わってるよな」

 同僚の一言に、猥談に興じていた四人の顔が一斉に向いた。

「自分の部屋の写真なんか見て、なにが楽しいんだ」

 作り笑いで濁していると、「ま、いいけど」と本当にどうでもよさそうにつぶやき、再び嬉々として、先日の二次会の帰りに抱いた後輩のからだの具合やらなにやらを、「エミちゃん、着痩せするタイプらしくて、脱いだらけっこうすごくて」などと、ひそめている割にはよく良く通る声で話し始めた。

 この画像は最初、携帯電話の待ち受け画面にしていた。それを覗き込まれたのもこの男だったが、そのときもいまと同様の反応だった。一切の許可を取らずに彼は携帯電話を仲間内に回し、その待ち受け画面の感想を、頼んでもいないのに集めて回った。二十五人。すべて同じ反応だった。ただの部屋の写真。ただのひとりも、写真の中央、体育すわりして斜に上目づかいがちにこちらを見つめ、右手をピースの形にして、その人差し指は右頬にぷにっと沈み込み、左頬にはぎこちなくえくぼを作り、でも可憐にほほ笑む彼女のことを指摘しなかった。

 昼休みが終わり、定時になるとすぐに退社する。仕事は終わらせているので文句は言われない。飲み会も、三日前にあったばかりなので、少なくともあと一週間は誘いがかからない。二回までは連続で断れるので、一か月くらいは平気だ。

 道中、いつも利用するスーパーに併設されている薬局に向かう足にブレーキをかけ、少し足をのばして、専門店に立ち寄った。入浴剤の種類も豊富で、この前ベッドのなかでかいだ彼女の香りのものと、目的のセットを見つけ、購入した。前者は特に必要なかったが、その日不思議と寝つきがよかったために、つい衝動が働いた。レジの女性からポイントカードの作成を勧められた。ポイントの還元率が良く、また、携帯電話やパソコンから簡単に登録できるそうだったから、とりあえずカードとパンフレットをもらった。彼女の入浴剤趣味がいつまで続くかはいささか不安だが、続く限りは活用させてもらうことにする。

 店を出ると、駅に向かうまでに、精力的に光を放つ周りのものと違い、ぱちぱちと点滅を繰り返す街灯があった。白光が消えるその瞬間、真下の電柱の根本に浮かび上がる影があった。彼女よりも一回り大きい彼女は、髪の毛も、それでもかなり長い彼女よりもさらに長く、毛先は地面間際まで伸びていた。彼女の髪の毛へのこだわりはすさまじい。対して彼女の髪の毛は伸び放題、手入れの欠片も感じられない、彼女が見たら激昂しそうな有様だ。

 真横に来るまで、彼女はどこか遠くを見つめたようにして動かなかった。右の手袋を外して手を伸ばすと、差し出された手とこちらの顔を交互に、とにかく緩慢な動きで見つめ、犬のお手のように彼女は右手を乗せ、首をかしげた。

 その手をつかんで歩き始めると、彼女はたどたどしい足取りながらついてきて、やがてもう片方の手でも右手をつかんで、背中の右にぴたりとからだを寄せてきた。

 改札を抜けて、一本一本街灯を数えながら歩く。右手をつかむ彼女は片時もこの距離を離さず、ときどきつまずきそうになりながらもとことこついてくる。自然と歩調が合わせられる。通行人に次々と追い抜かれていくが、特にいらつくこともなく、二十三本目の街灯を数えた。

 四十本目を越えると、不規則な点滅を繰り返す五十本目の街灯が目に入り、手袋を外すことを考え始めたとき、自分の左手が鞄でふさがっていることに気付いた。

 突然、彼女は腕を引っ張り、両腕で強く抱きしめる。思わずよろめいて振り向くと、彼女はとろんとした目つきは変わらず、瞬きもせずに無言で見返してきた。意志は固いようだったので、多少の窮屈さを我慢して左肩に鞄をかけて、歯で左手の手袋を外して、左手で取って鞄に仕舞った。

 四十九本目を通過すると、五十本目の許で地面を見つめていた彼女が顔を上げたが、その笑顔は、ひどく中途半端な形で固まった。街灯の点滅が激しくなった。

 手を伸ばしても、彼女がこの左手をつかむことはなかった。否応なく足を止めることになる。中断を強いられた彼女の笑顔はやがて口元が戦慄き、眉間にしわが寄り、いつも左手をつかんでくれる右手の人差し指を立て、右手を抱く彼女を指した。彼女に指さされた彼女は、彼女の指を避けるように背中を丸め、右手を抱いていた両の手を挙げて右腕を抱きしめ、盾にした。

 彼女の咎めるような視線は対象を変えた。こんなところで話すのもなんだから、という視線を送ると、彼女はふくれっ面になりながら、いつもとは違い、左腕を抱きしめ、自分の半身をこちらの半身にぎゅうっと押し付けてきた。肩にかけた鞄に遮られてうかがい知ることは出来ないが、わき腹にはあの頬が埋められているらしかった。

 五十四本目を過ぎたとき、新しい入浴剤を買ってきたことを伝えると、彼女は途端に顔を上げ、瞳をきらきら輝かせる。調子のいいものだ、と思うと、彼女は左ももを二回、手のひらでたたいてきた。その様子を見ていた彼女は、くいくいと右腕を引っ張る。すると彼女は、ついさっきまでむくれていたことも忘れたように、むしろ得意げに、入浴剤についてのいろはを熱弁し始めた。彼女はそれを黙って聞いていた。最後に、だったら今日、いっしょに入ってあげるわ、とお姉さんぶった調子で言うと、彼女は頷き、心なしか右腕をつかむ力は緩まり、自然な形になっていた。

 だったら、今日は薔薇の香りにしましょう、ばら、そうよ、薔薇はね、ものによってはちょっと甘ったるくてきついけれども、とてもいい匂いのする花なのよ、どんなおはな、さあ、絵や写真でしか見たことないわ、でも、べつにいいじゃない、うん、いい、

 透明な声で話す彼女たちの間で、香り立つ若い薔薇の匂いをかぎながら、これからはこの階段の真ん中しか歩かない日々が続くのだろうな、と考えていた。

「宵野春琴伝」~『春琴抄』所感~

 その回数をしっかりと数えたことはないが、私がいままで一番多く再読した小説作品は、おそらく谷崎潤一郎の『春琴抄』である。

 私のことを知っているひとからはしばしば驚かれるのだが、私の谷崎との付き合いは、時間からすればわりと浅い。大学には入って初めて書いたレポートらしきもので谷崎を扱い、それを改良したものをサークルの夏合宿で発表した。

 そんな私が谷崎に出会ったのは、たしかその年の五月下旬あたりだった。そのレポートを読み返してみると、参考文献には『刺青』『秘密』をはじめとして、『痴人の愛』『卍(まんじ)』『盲目物語』『細雪』『鍵』などの作品にくわえ、『陰翳礼讃』『文章読本』などのエッセイも入っていた。移り気な私が、短期間にここまで同じ作者の作品を読むのは、珍しい。

 結局それが乗じて、ついには谷崎を中心のひとつに据えた卒業論文を書いてしまったわけであるが、すべてのはじまりは『春琴抄』である。

 まだ近代小説に抵抗を感じていた私が、まさしくひっくり返させられた作品なので、思い入れも一入なのである。この原稿を書くためにもう一度読んだ。話の流れはもうほとんど覚えているのだが、やはりおもしろい。そう、おもしろいのである。名作と呼ばれている作品や、文学界において評価の高い作品を前にすると、そこにはなにかすごい意味があるのではないか、いや、むしろその意味を読み取らなければならないのではないか、と気負いしてしまう私のような小市民が、とにかく、これはおもしろい、と感じたのだ。これは、ある意味では私のパラダイムシフトだったかもしれない。

 

 さて、そこでこの論考では『春琴抄』について、私が感じていることや好きな場面を、少し落ち着いて考えてみようと思う。

 まず、簡単にあらすじを紹介しよう。

 語り手である「私」は、三味線の技量と美貌でその名を知られた盲目の春琴と、その付き人である佐助との関係に興味を持ち、ふたりの墓を訪れる。春琴の死後、佐助の監修で編まれた「鵙屋春琴伝」、晩年のふたりに仕えた子女、鴫沢てるの話などを参考に、推察を重ねながらふたりの物語を語っていく。

 幼くして視力を失った春琴は、卓抜した弦楽器の技量を発揮しながらも、気難しい性格に育っていく。そんな彼女に唯一まめまめしく仕えることができた奉公人の佐助は、春琴への憧憬をたくましくし、独学で三味線を練習するようになる。それを乗じて、ふたりは師弟関係となる。あまりにも手厳しい春琴と、どんな仕打ちにも甲斐甲斐しく耐えて春琴に付き従う佐助。やがて恋仲をただよわせるようになるふたりだったが、事件が起きる。ある日、春琴は寝込みを襲われ、顔に鉄瓶の熱湯を浴びせかけられたのだ。わての顔を見んとおいて。そう訴える春琴を目の当たりにし、佐助は針で自分の両目を突いて、自らも盲目の身となる。ついに春琴と同じ境地に達した佐助。お互いに盲目となったふたりは、それでも夫婦関係を結ぶことなく過ごし、春琴が亡くなった二十一年後、春琴の祥月命日に佐助もこの世を去る。

 俗に「日本回帰」といわれる時期の谷崎の代表作のひとつであるこの作品は、舞台が幕末から明治期でありながら、どこか江戸の空気に満ちている。「鵙屋春琴伝」は、いまのところ実在しない書物であり、春琴も佐助も、おそらく谷崎の空想上の人物であろう。いまになって思えば不思議なことだが、私はこの作品を読んだとき、これが実在する物語なのかそうでないのか、ということにまったく意識が向かなかった。これは何度再読しても同じで、作中には「佐藤春夫」だったり「私の見た大阪及び大阪人」だったり、現実の谷崎と親交のある人物や、谷崎本人の随筆の名前が出てくるにも関わらず、作者である現実の谷崎の存在が希薄なのだ。それだけ、物語にのめり込んでいる、ということなのだろうか。

 それはともかく、やはりこの作品を語るうえで欠かせないのが、句読点の少ない、というより省いたと言った方がよい、特徴的な文体である。せっかくなので、どこか適当な場所を抜粋してみる。

 

すると春琴が曰くもう温めてくれぬでもよい胸で温めよとは云うたが顔で温めよとは云わなんだ蹠に眼のなきことは眼明きも盲人も変りはないに何とて人を欺かんとはするぞ汝が歯を病んでいるらしきは大方昼間の様子にても知れたり且右の頬と左の頬と熱も違えば脹れ加減も違うことは蹠にてもよく分る也左程苦しくば正直に云うたらよろしからん妾とても召使を労わる道を知らざるにあらず然るにいかにも忠義らしく装いながら主人の体を以て歯を冷やすとは大それた横着者哉その心底憎さも憎しと。春琴の佐助を遇すること大凡そ此の類であった分けても彼が年若い女弟子に親切にしたり稽古してやったりするのを懌ばず偶ゝそういう疑いがあると嫉妬を露骨に表さないだけ一層意地の悪い当り方をしたそんな場合に佐助は最も苦しめられた(五十二-三頁)

 

 ここだけ見せられると面食らうだろう。私も最初は、こんな文章読めないぞ、とふて腐れていた。しかし、これが最初から追っていくと案外ちゃんと読めるのだからおもしろい。谷崎の文章力のなせる業か。実際、谷崎の随筆は非常に読みやすい。

 しかし、それにしても引用したこの一節は、驚異的だ。なにせ、句点がひとつしかない。読点に至ってはひとつもない。作文としては零点を通り越して、採点不可能といったところだろう。

 さて、しかし谷崎はなぜこのような文体にしたのだろうか。わざわざ読みにくくすること。なるほど、一理ありそうだ。たとえば『陰翳礼讃』のこんな言葉が思い出される。

 

私は、われ〳〵が既に失いつゝある陰翳の世界を、せめて文学の領域へでも呼び返してみたい。文学という殿堂の檐を深くし、壁を暗くし、見え過ぎるものを闇に押し込め、無用の室内装飾を剥ぎ取ってみたい。(『陰翳礼讃』中公文庫 改版二十四刷 六十五頁)

 

 谷崎が『陰翳礼讃』で述べていることを簡潔に表すと、日本には間接的な美というものが根付いている。自分はいま、そういったものに愛着を感じているのだ。そんなところだろうか。間接の美。あるいは、迂遠の美学と言い換えてもいいだろう。わかりやすい喩えをあげると、障子の光だ。障子を通して入ってくる光は、和紙によって和らげられた光である。あるいは屈折もしているかもしれない。文章の世界でこの効果を生じさせると考えたときに、この『春琴抄』のような文体、というものがひとつの方法として考えられる。

 この回りくどい文章を読むとき、読者は自然と頭のなかで句読点を補って読んでいる。ときには、あ、ここには句点が入ったのか、と後から気づき、遡って読むこともある。この迂遠さが、結果的には文章を味わい深いものにする。これは「陰翳美」のひとつと言えよう。似たようなものとして『盲目物語』のひらがなだらけの文章も考えられるだろうが、ここでは紹介程度にとどめておく。本題は『春琴抄』である。

 この読み方は、関西移住以降の谷崎文学を読むうえで非常に汎用性の高いものである。もう大分手垢のついた読み方かもしれないが、私は好きだ。それに、手垢のついたものは谷崎が『陰翳礼讃』で称賛しそうなものである。まあこれは冗談として、手垢がついたからといって、悪いわけでもあるまい。

 ところで、私は何度か読むなかで、ひとつのことに気づいた。というよりも、気づかないでいたことに気づいた。*1それは、この特徴的な文体が、作品の冒頭あたりではそうなっていない、ということだ。たしかに一文が長めではある。しかし、句読点はしっかり入っている。論より証拠、ということで、冒頭の文章を引用してみる。

 

春琴、ほんとうの名は鵙屋琴、大阪道修町薬種商の生れで歿年は明治十九年十月十四日、墓は市内下寺町の浄土宗の某寺にある。先達通りかかりにお墓参りをする気になり立ち寄って案内を乞うと「鵙屋さんの墓所はこちらでございます」といって寺男が本堂のうしろの方へと連れて行った。見ると一と叢の椿の木かげに鵙屋家代々の墓が数基ならんでいるのであったが琴女の墓らしいものはそのあたりには見あたらなかった。むかし鵙屋家の娘にしかじかの人があった筈ですがその人のはというと暫く考えていて「それならあれにありますのがそれかも分りませぬ」と東側の急な坂路になっている段々の上へ連れて行く。(五頁)

 

 どうだろうか。さきほど引用した文章と比べると一目瞭然、明らかに読みやすい。これはもちろん、句読点の有無もそうなのだが、細かいところをみると、寺男の言葉をかぎ括弧でくくっているなども大きい。さきほどの文章では春琴が長い台詞をしゃべっているのだが、かぎ括弧がなく、唐突に地の文に戻っていく。ましてや、現代の一般的な小説は、台詞をかぎ括弧でくくって、改行するのが普通であろう。それと比べると、先の文章はなお読みにくい。

 作品を通してこの調子であったのならわからないこともないのだが、しかしなぜか最初だけはまだ普通の文章に近い。それがだんだんと、特徴的な文体へと変わっていくのだ。なぜだろうか。それを考えるうえで、物語の内容、あるいはテーマが関係してくるのではないか、とあるときふと感じた。

 そのテーマとは、「模倣」である。*2

 まずは物語内容での「模倣」。たとえばそれは、佐助が押入れに入って真っ暗ななかで三味線の練習をすること。

 

しかし佐助はその暗闇を少しも不便に感じなかった盲目の人は常にこう云う闇の中にいるこいさんも亦此の闇の中で三味線を弾きなさるのだと思うと、自分も同じ暗黒世界に身を置くことが此の上もなく楽しかった後に公然と稽古することを許可されてからもこいさんと同じにしなければ済まないと云って楽器を手にする時は眼をつぶるのが癖であった(二十五-六頁)

 

 そもそも、佐助は楽譜なども持っていない。稽古をしている春琴の演奏を思い出しながら、それを真似するように練習していた。春琴と師弟関係になると、彼女の厳しい指導を受ける。思えば、指導を受ける、というものも、教え手の言葉をその身を以て体現することである。つまり、春琴は佐助に、私の言うことを真似ろ、としつこく言いつけているのだ。*3

春琴抄』のテーマといえば、サドマゾについて言われることも多い。しかし、このサドマゾも、「模倣」のテーマの一部に過ぎないのではないか、と考えることもできよう。そもそも、春琴と佐助はサドマゾ関係にある、と言われるが、それは現在想像されるサドマゾとは少し事情が異なる。師弟関係の延長としてみるべきものではないか。春琴は、佐助に自分の行動や心情を察して、自分の求めるように行動することを求めているのだ。それを、訓練の進化形、調教、と言ってもいいだろう。

 

手曳きをする時佐助は左の手を春琴の肩の高さに捧げて掌を上に向けそれへ彼女の右の掌を受けるのであったが春琴には佐助というものが一つの掌に過ぎないようであった偶ゝ用をさせる時にもしぐさで示したり顔をしかめてみせたり謎をかけるようにひとりごとを洩らしたりしてどうせよこうせよとははっきり意志を云い現わすことはなく、それを気が付かずにいると必ず機嫌が悪いので佐助は絶えず春琴の顔つきや動作を見落とさぬように緊張していなければならず恰も注意深さを試されているように感じた。(二十二頁)

 

或る朝の日の午後に順番を待っている時うしろに畏まって控えていると「暑い」と独りごとを洩らした「暑うござりますなあ」とおあいそを云ってみたが何の返事もせず暫くすると又「暑い」という、心づいて有り合わせた団扇を取り背中の方からあおいでやるとそれで納得したようであったが少しでもあおぎ方が気が抜けるとすぐ「暑い」を繰り返した。(二十三頁)

 

 どうにも困った性格をしている春琴であるが、これも教育といえば教育だ。春琴に仕えている間、佐助は春琴に全神経・全感覚を研ぎ澄ませることを余儀なくされる。ここで、春琴は佐助になにを求めているのか。究極、「私を見て! 私の心を見て! そして、私の望むように動いて!」ではないだろうか。これは春琴をデフォルメしすぎだろうか。しかし、事実、私にはそう思えたのだから仕方がない。そして、その究極的な結果が、

 

過日彼女が涙を流して訴えたのは、私がこんな災難に遭った以上お前も盲目になって欲しいと云う意であった乎そこまでは忖度し難いけれども、佐助それはほんとうかと云った短かい一語が佐助の耳には喜びに慄えているように聞えた。(八十頁)

 

と総括される、自分の眼に針を突き刺すという佐助の行為であるのだから、とんだ因果、といったものか。春琴の世界に憧憬を抱き続けた佐助は、ついに春琴の盲目の世界に自ら入り、そして同じ祥月命日に至るのである。まさに、春琴との同化。これは、調教以上の結果だ。事実、この出来事以後、あれだけ頑なだった春琴はだいぶ折れ、佐助との結婚に傾いていたのだが、むしろ佐助の方がそれを拒むのである。

 気難しい困ったちゃん春琴の是非は置いておいて、話を進めよう。

 さらに、この「模倣」のテーマは小道具にまで及ぶ。春琴の趣味である鳥。なかでも春琴が愛する鳥が鶯である。作中によると、良い声で鳴く鶯を育てるには、まだ尾が生えないうちに、素晴らしい鳴き声をもつ鶯を師匠にして傍において稽古させることが必要だという。ここでも「模倣」が求められる。しかも、師匠という言葉。佐助に自分のことを「お師匠様」と呼ばせていた春琴。まさに春琴と佐助の関係ではないか。ここまでくると少しあざといのでは、と思わないでもないが、それも、この短さだからこそできる技なのかもしれない。*4

 ここまできて、やっと文体における「模倣」について話すこともできよう。

 この作品の多くは、「鵙屋春琴伝」に依っているところが大きい。文章体で書かれている、というこの書物は、もう明治に入ってから書かれたものであるから、文語体であるとはいえ、現代の人間でもいちおうは読めるだろう。

 ここで、やや突飛ではあるかもしれないが、もともとこの文体が用いられていた古文というものを考えてみたい。一般的に教科書で習うような古文は、適当に句読点が打たれていて、学生が頭を悩ませるのは単語や文法レベルのものであろう。しかし、平安時代などの時代の原本にあたればわかることだが、本来、この手の文章に句読点はなかった。当然、かぎ括弧もない。

 つまり、この特徴的な文体は、いまの時代からすれば(おそらく『春琴抄』発表当時からしても)奇異なものとして映るが、古文の世界ではあたりまえだったものだ。あるいは、一文が長い。古文の文体を用いて書かれた文章は、「鵙屋春琴伝」の感じの「模倣」である、なんて言えないものだろうか。もしこの仮定に一定の説得力があるとすれば、なぜ冒頭の文章はわりと普通なのかも説明がつけられよう。

 つまり、冒頭はまだ、「私」の紀行文の域を出ていない。「鵙屋春琴伝」を参照して春琴と佐助の物語を形作っていく前である。だから本筋とは異なり、まだ一般的な文章なのである、と。そして、語り手が物語に入り込むにつれて、その語りも、過去に溶け込んでいくのである。

 そういえば、この作品は結局、終始、「と思われる」「ではないか」「と推測される」といったような、「私」の推測でしか語られない。そもそも、肝心の「鵙屋春琴伝」ですら、佐助の脚色が入っていると思われ、内容を鵜呑みすることはできない、と言われているのである。だから、これは「私」の壮大な妄想話、と言えないこともない。くわえて、この「私」は明確に作家である。作家は、物語を作る、虚構を作ることが得意だ。虚構を作る。そのとき、私には作中の、こんなが文が思い起こされた。

 

畢竟めしいの佐助は現実に目を閉じ永劫不変の観念境へ飛躍したのである彼の視野には過去の記憶の世界だけがある(…)佐助は現実の春琴を以て観念の春琴を喚び起す媒介としたのであるから(後略)(八十六頁)

 

斯くて佐助は晩年に及び嗣子も妻妾もなく門弟達に看護されつつ明治四十年十月十四日光誉春琴恵照禅定尼の祥月命日に八十三歳と云う高齢で死んだ察する所二十一年も孤独で生きていた間に在りし日の春琴とは全く違った春琴を作り上げ愈ゝ鮮かにその姿を見ていたであろう(九十一頁)

 

 極端な話、「私」の物語り方は、この佐助の現実に対する態度の模倣でもありそうだ。現実と虚構の境目が溶けて、微妙に混ざり合う。語りも同様だ。この物語はたしかに「私」の頭のなかの産物である。にも関わらず、物語も中盤に入ると、この「私」の存在感がどこか希薄になっていく。現実と虚構。佐助と「私」。過去と現在。さまざまな境界が溶けて、この切れ目があやふやな文章へとつながる。

春琴抄』は「模倣」の物語である。そこではあらゆる境界が溶けて、並列に語られる。あらゆる手管を尽くして虚構が現実と溶け合ったとき、それは単なる俗流リアリティ*5を超えた、小説のひとつの達成点であるのかもしれない。

 これは蛇足かもしれないが、明確に現実の谷崎を模している「私」を使ったことを、谷崎なりの私小説批判、と取ることも可能かと思われる。つまり、現実の作者を思わせる「私」を用いながら、まったく現実の感じを出さない、非常に物語性に富んだ作品を作り上げる。『吉野葛』でもっと露骨にやってみせたこと*6を、さらに巧妙に表現した。だとすればあっぱれ、と拍手を送りたいが、しかし、これもまた、私の誇大妄想か。

 

 さて、ここで終わってもいいのかもしれないが、『春琴抄』については、もう少し語ってみたいことがある。それは、なんといっても春琴の「キャラ」としての側面である。偉大な近代小説を、それも「大谷崎」の代表作をキャラ読みするとは、なんて罰当たりな、と、むやみやたらに「文学」に畏怖していた過去の自分なら、と自ずから自制していたかもしれない。しかし、何度読んでもやっぱり春琴はかわいいのである。いま風にいえば(もはや死語かもしれないが)「萌え」る。

 まず、春琴は明らかに、いわゆるツンデレだ。それは、いまや典型的な萌え要素である。ツンデレにもいろいろ種類があって、起源からすると、「みんなのまえだとツンツン、ふたりっきりになるとデレデレ」というのが本来の定義らしいのだが、いま、そういった意味で使っているひともそういないだろう。そして、春琴は、現在的な意味でのツンデレである。いつもはツンツンとつれない態度を取るけれど、内心は慕っていて、ときどきデレる。現にこの子は、佐助がほかの女の子に構うと機嫌を損ねるのである。このような設定、いまどきラブコメ作品でやろうものなら、テンプレテンプレの大合唱の嵐である。

 あるいは、その容姿について。

 

彼女が小柄だったことは前に書いたが体は着痩せのする方で裸体の時は肉づきが思いの外豊かに色が抜ける程白く幾つになっても肌に若々しいつやがあった(五十頁)

 

 これで、(佐助にとっては)年下、令嬢、盲目、音楽の天才、ツンデレ、Sっ気あり、なのだから、いくらなんでも萌え要素を詰め込み過ぎだろう。絵師さんに頼めば、きっと大変魅力的なキャラクターを描いてくれるに違いない。たぶん、盲目なので眼はつむっているのは当然として、意地の悪そうな薄ら笑いを浮かべ、扇かなにかで小さく口を覆っていると思う。個人的には、『μ&i』(集英社)という漫画の時雨(σ)というキャラなんか、わりと近いんじゃないか、と思わなくもない。ともかく、「データーベース理論」(東浩紀*7はこの時代にもあったのか、なんて与太ごとも口をついて出ようものだ。

 それと、ふたりの出会いの年齢。春琴九歳に、佐助十三歳。手曳きの人間を「佐助どんにしてほしい」と春琴がいったのが、佐助十四歳のとき(なので、春琴は十歳か。もっとも時代を考えると、作中の年齢は数え年のことを言っているのだろう、とは思うのだが)。佐助を指名した理由を尋ねられ、「誰よりもおとなしゅうていらんこと云えへんよって」と言ってはいるが、果たしてそれは本心なのかどうか。のちの展開を考えると、あやしいものである。

「鵙屋春琴伝」によると「(…)春琴の父安左衛門も遂に之を許しければ佐助は天にも昇る心地して丁稚の業務に服する傍日々一定の時間を限り指南を仰ぐこととはなりぬ。斯くて十一歳の少女と十五歳の少年とは主従の上に今又師弟の契を結びたるぞ目出度き」。「私」が言うように、「鵙屋春琴伝」には佐助の意向が多分に込められていると思われるので、これを鵜呑みにすることはできない。それにしても、これはすごい。年下の少女にいじめられる少年。しかも師弟関係。なかなか妖しい設定だ。これだけでも、もう単純におもしろい。だからこそ好きな作品なのだ。

 文学作品は、芸術のひとつに数えられることが多い。しかし、同じく芸術とされる音楽や美術とは異なり、文学の作品の評価基準として最初に出てくるのは、おもしろいか、おもしろくないか、である。元来、小説とは庶民のために読まれたものなのだ、と『饒舌録』で主張する谷崎らしく、小説の大衆的側面を見逃していない。

 ここで、個人的に春琴の萌えポイントと思われる箇所をピックアップしてみる。まずは、不埒な色男、利太郎に迫られたときのこと。ちなみに、佐助は利太郎の悪知恵で春琴から離され、酒の席で足止めを食らっている。

 

食事を済ませても暫く呼びに来ないので其処に控えていた間に座敷の方でどういう事があったのか、佐助を呼んで下されと云うのを無理に遮り手水ならばわいが附いて行ったげると廊下へ連れて出て手を握ったか何かであろう、いえいえ矢張佐助を呼んで下されと強情に手を振り払って其の儘立ちすくんでいる所へ佐助が駈け付け、顔色でそれと察した。(六十八-九頁)

 

 やだ、佐助じゃなきゃやだ! そんな風に言っているように思われてしかたないのは、いくらなんでも私がいまのアニメや漫画の世界に慣れすぎているのか。しかし、この「顔色」とは、いったいどんな表情のことを指しているのだろうか。立ちすくんでいたのだから、春琴はかなりこの状況を怖れていて、佐助の足音、声を聞いて、すがるように見たのではないか、なんて思う。

 この直後にも、春琴が、稽古にきていた少女の顔に傷をつけてしまい、その父親に怒鳴り込まれたときの挿話が語られてる。手を出さんばかりに迫ってくる父親の剣幕に、佐助が割って入って事なきを得たのだが、このときも表面上は毅然と振る舞っていた春琴であるが、「真っ青になって慄え上り沈黙してしまった」のである。普段は、あんなにわがままで強気であるにも関わらず、だ。これはギャップ萌えか?

 次は、そのギャップ萌え+ツンデレの極地であろう。場面は、佐助が自分の眼を針で刺して、「お師匠様私はめしいになりました。もう一生涯お顔を見ることはござりませぬ」、と春琴に告げにきたところ。

 

佐助痛くはなかったかと春琴が云った(八十一頁)

 

 こんな私の顔をあなただけには見られたくない、という自分の真意をくみ取ってくれた佐助への感謝の気持ちを言っている。たしかにそれだけではあるのだが、忘れてはならないのは、佐助は一言も、自分で針を突き刺した、とは言っていないことである。「私はめしいになりました。」これだけである。その後も、祈願を掛けたら神様が憐れんでくれた、と言うし、「鵙屋春琴伝」には白内障を患ったとしか書かれていない。このエピソードは、春琴の死後、佐助が側近者(おそらく鴫沢てる)に語ったことによって明らかになった経緯、とされている、だけのものだ。

 私を見て、私の心を見て、と暗に言い続けてきた春琴は、とうとう、自分から佐助の心を見たのだ。外見上はともかく、内面では上下関係は壊れている。そして、だいぶ、心を開いている。

 いつも素気ない態度ばかりをとっていた春琴。佐助痛くはなかったか、と佐助を気遣う言葉は、可憐な春琴というギャップ、そして、デレである。俗っぽい言葉を使うなら、このとき、春琴は佐助に落ちた。

 

滑稽な事は佐助が弟子に教えている間春琴は独り奥の間にいて鶯の啼く音などに聞き惚れていたが、時々佐助の手を借りなければ用の足りない場合が起ると稽古の最中でも佐助々々と呼ぶすると佐助は何を措いても直ぐ奥の間まへ立って行ったそんな訳だから常に春琴の座右を案じて出教授には行かず宅で弟子を取るばかりであった。(八十五頁)

 

 これはもう、デレッデレである。特になにがいいか。「佐助々々」である。「佐助」じゃない。「佐助々々」なのだ。頼りにしている感じが、よく出ている。もちろんここだけ見てもいじらしいのだが、ここに来るまでの春琴のツンとした言動を思うと、もはやなにか、ひとつの達成感がある。

 この物語は、身分違いの関係のなか、ヒロインの危機に際し、主人公のからだを張った行動により、頑ななヒロインの心を溶かす、というひとつの恋愛小説として読むこともできる。もっとも、それにしてもこれはあまりにもからだを張った、命がけの恋愛ではあるが。

 谷崎作品を漫画・アニメ化したとき、いま一番受けるのはこの『春琴抄』だと私は思うのだが「読者諸賢は首肯せらるるや否や」。

 

 さて、改めてこの論考を読み返してみると、最初に私は、「さて、そこでこの文章では『春琴抄』について、私が感じていることや好きな場面を、少し落ち着いて考えてみようと思う。」なんて言っているのだが、果たして落ち着いていたかどうか、これは自分でも甚だ疑問だ。

 ひとつ明らかなのは、私はこれからもきっと、この『春琴抄』を何度もひもといては、楽しく読み返すのだろう、ということである。

 

(文責 宵野)

 

 ※引用は、特に断りがない限り、『春琴抄』(新潮文庫 百二十刷改版)から

※本稿は、第二十五回文学フリマ東京にて頒布したフリーペーパーのものを一部改稿したもの。(脚注についてはすべて、今回にあたって加筆した)

*1:まったくもって余分な脚注であるが、これこそが再読の愉しみである。

*2:これに気づいたのも、だいたい3回目の再読だった気がする。

*3:「学ぶ」が「真似ぶ」に由来している、という学校古文の知識を持ち出すまでもないであろう。

*4:しかし、私がこの「模倣」の読み方に気づいたその入り口は、この鳥についてなのである。

*5:思いつきで使ってしまったこの単語だが、大雑把な定義を示すと、リアルなことを書いているからリアリティがある、といったような言説、であろうか。これは暴論かもしれないが、個人的に、新海誠作品の背景は精密になりすぎたのではないか、と感じている。しかし、これは『君の名は。』のストーリーや舞台、設定の通俗性(私はいま、この言葉を批判的には使っていない。念為)を考えると合っているのかもしれない。「これは本当の話である」という事実(あるいは了解)を前提として私小説が安心して読まれた背景と同様、アニメーション(二次元)であるが、そこに現実の新宿(三次元)を精密に撮すことで、ひとはそこにリアリティ=現実っぽさを感じ、感情移入(あまり好きな言葉ではないが、共感、とも言えるだろう)がしやすくなるのかもしれない。そして、私自身、新宿御苑をかなり精密に描いた『言の葉の庭』ではその違和感を覚えなかったのだから、我ながら勝手なものである。もっとも、この話では舞台が東京であることがそこまで強調されていなかった、ということもあるかもしれない。

*6:簡潔に言うと、明らかに谷崎本人を思わせる語り手による紀行文のような文体、つまり私小説的な語り口を用いて、非常に物語性に満ちた物語を構築していく、といったようなもの。横光利一の言葉を借りれば、そこには「偶然」と「感傷」が満ちている。

*7:ここでは、春琴というひとりのキャラが、「ツンデレ」「Sっ気」など、作り手と受け手に共有された(まさに)要素化された属性の組み合わせ(萌え要素)でできている、ということ。東のこの理論は、大塚英志の「物語消費」の考えを発展させたものと言えるが、その新しさは、受け手が文字通り目の当たりにする物語の、その背後にあるこれをシミュラークルされた要素の集まりで、非物語であるとしたことにある。詳しくは『動物化するポストモダン』を参照

迂回すること 分からないことを嗜好すること 教養とは何か

 本論では教養という言葉について論を進めていく。どうしてわざわざ教養などと言う古臭くて、衰退している概念について考えるのか。その点について訝しむ読者もいるかもしれない。

 確かに教養という言葉が古臭さを帯びているのは事実である。竹内(2013)は大学生の書籍購入量の減少、大卒のグレーカラー*1化を根拠として、教養主義の衰退を以下のように描写する。

 

大学によって学生文化における教養主義の衰退に差があったが、七〇年代から八〇年代 にかけて日本の大学生文化から規範文化としての教養主義が大きく衰退したといえる*2

 

 このように教養主義が衰退し始めたのは、もはや三、四〇年以上も昔の話である。しかし、教養という概念が古臭くて衰退しているからこそ、私は興味を惹かれた。さらに詳しく言えば、教養という言葉が衰えながらも、まだ一定の力を保持しているからである。

 例えば、大学の講義を受けてみれば、あるいは本屋に入ってみれば教養という言葉はありふれている。もっとも、衰退などのネガティブな言葉とセットになって語られることも多いと思うが。いわば、教養は衰えた獅子なのである。

 それと同時に私の、思わず笑ってしまうような個人的な体験も大いに経験している。この本屋での体験は後に詳述しよう。

 本題に入る前に、大雑把な論考の進め方を提示する。思うに、言葉や概念について考えていく時には大雑把に二通りのやり方があるのではないか。一つは実証的に、言葉や概念の歴史性を明らかにしていく議論である。本論で言えば、誰々が教養とはこうであると言ったとか、どのように教養という言葉の意味内容が変遷してきたかということに注目する方法だ。

 これと対照的なもう一つの方法がある。最初に教養の定義を仮定してしまって、そこから論を広げていくのだ。もっとも、現実にはこの折衷案も多いのかもしれない。

 本論では、歴史的経緯についても多少取り上げるが、概ね後者の方法で行く。そこで問題になってくるのはどちらかといえば、正しいか、正しくないかではない。というよりも面白いか、面白くないかである。魅力ある定義付けか魅力のない定義付けかである。

 例えて言うならば、前者のやり方はある街をずっと観察し続けることである。その街の面白い部分も平凡な部分も全て客観的に記録する。面白さよりは、むしろ正確性が要求されるだろう。

 それに対して夜、展望台に行けば、普段は何の変哲もない街が綺麗に見えることがある。私がやりたいのはそのような切り口を幻出することである。一人でも、二人でも、私の定義を面白いと思っていただけると幸いだ。さて、ようやく本題に入るとしよう。

 そういうわけで、最初に私がどのように教養を定義づけるかについて語ろう。私にとって、教養とは迂回である。言い換えれば寄り道と言っても良い。その要素に加えて、分からないという言葉とも近い。より、正確に言えば分からないことを嗜好することである。何故、そのような発想に至ったのかは、以下述べていく。

 

 これが教養だ!

 

 という煽りをある書店で見つけた時に、私はなんとも言えない違和感を感じた。確かに、その煽りがある一角を占めているのは岩波文庫などの古典的な名著ばかりだ。教養書と言われても違和感のないものである。だから、私の違和感はその煽りの直接的な物言いにあったのではないかと思う。 

 このコーナーに有る本の一つ一つが教養書である、という以上にこのコーナーの本を読んでおけば教養を得られる。その煽りは、どうにもそんなニュアンスを含んでしまっているように思えたのだ。

 そして、私にはそのような煽り自体が教養という言葉と肌が合わないのではないかと感じられた。その煽りでは教養がまるでサプリメントや何かのように扱われている。サプリメントというものは飲みさえすれば効果があるものである。それは私が抱いている教養のイメージとかけ離れていた。

 

 さて、唐突ではあるが、以下の文章を教養という概念を考える手がかりにしたい。

 

 ということはつまり、こういうことも言えそうだ: われわれの意見が多様なのは、別にもらった理性の分け前が人によって多いから起こるのではなくて、単にみんなの関心の対象がちがっていて、ものの考えかたもまちまちだからなのだ。つまり活発な精神を持つだけでは不十分であって、いちばんだいじな要件というのは、その精神を正しく適用することなのだ。最高の精神は、最高にすぐれた成果を挙げることもできるが、同時にものすごくはずれていってしまうことだって、じゅうぶんに可能だ。そしてとてもゆっくりと旅する者であっても、必ずまっすぐな道をたどるならば、走りはするがまっすぐな道を捨てる者にくらべて、ずっと遠くまで進むことができるだろう*3

 

 出典元は、長々しい正式名称がついているが、一般に言われるところの『方法序説』である。(以下『方法序説』と呼称する。)このデカルトの例え話そのものは非常に分かりやすいものである。ある程度の文章読解力があれば、わざわざ私が文理解釈をする必要もないだろう。私が引っかかったのはこの例え話に隠された含意あるいは仮定である。

 そしてその引っ掛かりは、原(2013)から影響を受けたものである。原(2013)は引用した部分後半の例え話におけるまっすぐな道に対するデカルトの高評価を「直線への愛好」と表現している。また『方法序説』において、デカルトが意見の多様性を否定的に捉え、考えの相違を真偽と重ねていることも指摘している*4

 引用部分の前半を読めば、そのことははっきりと分かる。この文章からすれば、もし人々が精神を正しく適用すれば、意見の多様性はなくなるだろう。しかも、そのことはデカルトにとって好ましいことである。なにしろそれ以外の意見というのは精神を「間違って」適用した結果、発生するものだからである。

 

 以下に述べていく、私の議論もそのような原(2013)の論考から影響されていることに留意されたい。まず、引用した文章の最後の一文からはいくつかの仮定が読み取れる。そして、その仮定は合理主義の、単純ではあるが重要な仮定とも言える。

 第一に、我々は行動する前に自分が進むべき方向、あるいはやることをきちんと把握していなければならない。第二に我々の行動の是非は非常に単線的な評価基準によって、判断されている。簡単に言えば一種のランキング付けである。あるいは一種の評価関数である。

 またベクトルとスカラーという考えを導入すれば、この文章はさらにすっきりと見えてくる。スカラーとは大きさのみを持った量であり、それに対してベクトルは大きさに加えて向きを持っている。いわばデカルトスカラーではなく、ベクトルが重要だと言っているわけである。最高の精神=巨大なスカラーは、精神の正しい適用=正しい向きを持たないとものすごく外れてしまう。ヘリコプターで移動しても、行く先の方角を間違えていたらどうしようもないように。

 この点を考えると、ゆっくりと旅するものはスカラーこそ小さいが、到達時間は短いのである。つまり彼、ゆっくりと旅するものは移動速度こそ速くはないが、目的地に早く着くのである。

 

 ここで、現実の世界に則して考えてみよう。あなたが近所のラーメン屋に行きたいと考えたとしよう。デカルトの考え方からすれば、ここであなたがすべきことは最短ルートを見つけることである。距離が短ければ短いほどいいということになる。そうすれば、当然早く着くという事にもなる。

 携帯やパソコン上でルート検索をする時に、この考え方は顕著に現れているだろう。単純な方程式を解くように最適解が求められる。そして、その最適解は結果を見せられれば、誰もが納得できるものである。もちろん解の解き方が正しいという条件はつくが。

 しかし、少し考えてみるとこの考え方が必ずしも現実にそぐわないケースも考えられる。例えば、ラーメン屋に向かっている最中で気が変わったらどうだろう。実際にそのようなことは良くあるが、デカルトからすればそれはまっすぐな道を捨てたことにほかならない。確かにどこに行こうかとぐるぐる回っていたら、遠くには行けまい。必然的に、目的地に早く着けもしない。

 だが、場合によっては、遠くに行くことが重要なこととは限らないのだ。何故ならば、人間はいつもいつも明確な目的地を定めて歩いているわけではないからだ。このことは多くの人が実感しやすいのではないだろうか。

 行く予定だったラーメン屋をやめ適当に別の店に入る。あるいは全く知らない新しい店を探す。場合によっては、行き先はもはや飲食店ですらないかもしれない。あるいは最初から街を散策することが目的のときだってあるだろう。このように、私たちはいわば、街と戯れるように歩くことがある。

 そこではまっすぐ歩くこと、なるべく遠くに行くこと、目的地に早く着くことなど意識されていない。何故ならば、第一の仮定が完全に崩れているのである。明確な目的地が初めからないのだから。私たちは目的地がないこと、自分がどこにたどり着くのかわからないことを楽しんでいるのである。それに寄り道、あるいは街歩きを単線的に評価するなどということも馬鹿らしい。こういうわけで、二つ目の仮定も適用できない。

 さて、ここで今度はラーメン屋に雇われた出前配達員の立場になって考えてみよう。ちなみにまたラーメン屋の話であるが、その必然性は特にない。本題に戻ると、迂回をする自由はラーメン屋の店員には基本的にはない。店員がすべきこと、出来ることは客の家まで注文を届けること、おかもちを回収することである。配達途中で、カレー屋に入って、飯が食べたいと思っても、業務時間が終わるまでは我慢しなければならない。 

 はたまた、飯を食うどころか雀荘に入ることなどもできない。もちろん、現実的には多少ならば寄り道してもバレはしないだろう。だが、それは制度として寄り道が許されているという話とは全く異なる。

 このように配達員は自分が進むべき方向を店主から指示されている。そして配達の早さによって、配達員の優秀さがランク付けされるだろう。あまりにも配達に時間が掛かるとなったら、解雇されるというわけだ。見事に二つの仮定が満たされている。この点において、デカルトはラーメン屋の大将である。笑い事ではない。つまりデカルトの考えとは、ラーメン屋の大将が

「ゆっくりで良いから道を間違えるなよ。速く走っても、道を間違えたら時間がかかるから」などと、配達員に言っていることと原理の上ではさして変わらない。もちろん、ラーメン屋の大将はデカルトほど抽象的な思考を巡らせることはできない。

 しかし、原理の上で似通っているということはデカルトの思考がごく日常的なものであることを意味する。合理主義は日常的な便益と相性が良いのである。永劫回帰脱構築などの他の哲学上の観念と比べれば遥かにそうであることが分かるだろう。

 もちろん、日常的だからといって、劣った思想であると言うつもりはない。しかし、世の中には日常的な思考だけでは解決できない、うまく向き合えないたぐいの問題があるのではないだろうか。

 ここまで最初に引用した文章に沿って、概ね道あるいは移動というアナロジーを使ってきた。だが、この問題は何も道や移動に限らない。我々の行動あるいは思考全般に押し広げて考えることが出来る。

 例えば、サプリメントを飲む時の考え方は、まさしくデカルト的考えである。ビタミンDが足りないから、サプリメントを飲む。極めて明確に目的と行動が結びついている。そのようにして教養が足りないから、本屋で教養を摂取しようとする人々もいる。

 あるいは、営業セールスマンはどうだろう。彼のやるべきことは売ることである。そして売上の多寡によってランク付けがなされる。この時セールスマンは、売上を最大化するように思考し、行動するだろう。

 もちろん、現実はもっと複雑である。例えば、セールスマンならば売上に加えて、顧客の満足度や上司との関係性等々も評価されるだろう。しかし結局のところ、それらの要素は一つのランキング、あるいは評価関数に集約される。

 例え、評価に影響する要素が一〇あろうが二〇あろうが、最後には単線的なランキングが作られるのである。そうでなければ、セールスマン同士の優劣を決められないからである。給料の違いを決められないからである。そして真面目なセールスマンはできるだけ評価関数を最大化しようと試みる。不真面目なセールスマンは喫茶店で休んでいるかもしれないが。

 このようにデカルト流の考え方、合理主義と言っていいだろう、に相性が良いのはノルマ、目標のたぐいである。あるいは人はノルマを課された時に合理的思考をせざるを得ないと言ったほうが良いかもしれない。

 人が真剣にノルマや目標を達成しなければならないのはどのような時が多いかを考えると、たいてい働くときではないだろうか。ノルマや、目標を課さない、経営者や上司はほとんど考えられない。自営業者でも、顧客の要望を聞く必要がある。いわば、目標を達成する必要がある。

 このように、合理主義は労働に深く関わっているのだ。だから先ほど、ラーメン屋の店員や営業セールスマンを例えに出したのは意図的なものであった。まとめると合理主義、ノルマ、労働が密接に関わっているということになる。

 これは何も賃金労働だけではなく、家内労働にもある程度適用できる。とはいえ、純粋に自分のためにする労働ならば、他者の評価から免れることは出来るが。そして、面白いことに、労働は教養という言葉の起源にもいわば一種の反対概念のような形で関わっているのだ。

 

 教養に概ね、対応する外国語として、リベラルアーツという言葉がある。このリベラル、つまり自由とは一体何のことだろうか。村上(2009)は以下のように歴史的経緯を説明する。

 古代のギリシア及びローマでは、調理する、建物を建てる、石を運ぶなどの技術は奴隷が身に着けていればいいと考えられた。それに対して、自由である市民たちはそれらの技術を身につける必要がない。奴隷や労働者に命令すればいいからである。そのような自由市民たちは、日常生活に役に立つ技術とは別のことを身につける必要がある。それがリベラルアーツ、教養であると*5

 教養とは労働しないものが身につけているべきものだったということだ。つまり元来的な教養とは反労働であり、反ノルマであり、反合理主義であったのではないか。このような歴史的経緯からしてみると、私の迂回あるいは分からないことへの嗜好という定義はさほど的外れではないのかもしれない。なにせ分からないことを好むことほど反合理的なことはなかなかない。もっとも、定義を考えた後にリベラルアーツの語源を知ったのではあるが。

 教養とは反労働であった。この観点からすると、教養とはとことんろくでもないものであるように思える。労働しない者が身につける、手慰みに過ぎないのではないか。そんな批判も一理ないわけではないだろう。しかし、そうだとするならば、何故教養を身に着けろなどという言説が溢れているのだろうか。

 一つには政治に関われる市民たる、理念的な要件であるからだろう。もちろん、法律上は教養がなかろうが参政権はある。だが、理念上、政治に参与するなら実生活以外の教養も身につける必要があるということだ。

 まさしく古代の自由市民たちが、奴隷と違って政治に関われたように。自分が住んでいる国の政治制度を知らなくても、生活にさして影響はないだろうが、政治参加する時には致命的である。そこでは労働しないこと、少なくとも労働以外に知的な能力を割くことに一定の価値が置かれている。

 もう少し、俗な観点から言うと、一つには教養が実生活において、役立つ局面があるからかもしれない。興味深いのは、この観点はおそらく古代ローマギリシャにはなかったのではないかということである。以下にそのような観点をよく表している、出口(2015)の文章を引用する。少し文量が長くなるが。ちなみに著者の出口治明ライフネット生命保険を起業した企業家である。

 

 (前略)私がロンドンで働いていたときのナショナル・ギャラリーのトップは著名な投資銀行を経営していたベアリング家の当主でした。彼らと一緒に晩ご飯を食べようというとき、ゴルフと天気の話しかできない人とランボーを語れる人ではどうなるでしょうか。人間は双方の関心領域がある程度重なっていないと、なかなか相手に共感を抱けないものです。相手がゴルフと天気の話しかできなくては共感のしようがなく、何回食事をともにしても信頼関係は醸成されません。

 (中略)ところが、仕事以外のことについて少しでも何かを知っていると話が断然違ってきます。私が連合王国で仕事をしていた時、「シェイクスピアは全部読みました」と言ったら、それだけで「おまえは良いやつだな」と急に相手との距離が縮まったことがありました。シェイクスピアは、私が個人的な趣味で読んでいただけですが、結果的に日本の経済や金融の話題以上にビジネスの役に立つことになりました。その相手から仕事がもらえたのです*6

 

 いかにも企業家らしいエピソードと考え方と言えるだろう。このような考え方は私の定義づける教養と真っ向から対立するものである。出口の名誉にために言っておくと、彼は何もビジネスのためだけに教養が必要だと言っているわけではない。それは引用した書名が『人生を面白くする本物の教養』というタイトルであることからも明らかである。

 ただ、引用する都合が良く*7、実際の経験に裏打ちされているということもあって、出口(2015)の一節を引いたにすぎない。なにもこのような考え方は彼独特なものではないだろう。ビジネスや実生活に役に立つ教養という考え方は根強い物に思える。

 実際、出口が紹介しているように教養がビジネスの時に役立つこともあるのだろう。その理由としてはビジネスの場でさえ、あまりにもビジネス一辺倒の人間は好まれないのかもしれないことが考えられる。そのような人間が面白みにかけていることをバリバリのビジネスマンでさえ感じるのだろう。極めて逆説的ではあるが。このように教養というのは、ビジネスマンにとってさえ時に魅力的なものである。結局、人間は二十四時間働けないのである。

 その点は歓迎すべきことだが、問題は「ビジネスに役立つのだから教養を得よう」という考えが生まれてしまうことである。例えば、日本人ビジネスマンが、シェイクスピアをビジネスのために熱心に読んでいる姿を見た、イギリス人ビジネスマンはどう思うだろうか。がっかりするかあるいは腑に落ちないような気持ちになるのではないか。

 いわば、ここでは迂回路が最初から目的地になってしまっている。あるいは迂回路が「まっすぐ」にされてしまっている。いかに難解だろうが、いかに一見ビジネスからかけ離れていようが、その人が読むシェイクスピアに面白みあるいは遊びというものはない。

 教養はビジネスに役立つ。という文章とビジネスの役に立つから教養を得ようという文章は必ずしも等号では結びつかない。しかし現実にはそのような思考回路は容易に成り立ってしまうのである。

 だからこそ、本論の最初の方に挙げたような本屋の煽り、サプリメントのように得る、教養という捉え方が成立するのだろう。ビジネスやその他の目的*8のためだけに役立てたいのなら、手っ取り早く教養を得たほうが良いに決まっているからである。そこでは教養が完全に目的化されている。))

 ここで私は『サバイバー』というパラニュークの小説に出てくる、『使える祈祷集』という祈祷集のことを思い出す。その祈祷集には抜け毛を防ぐ祈り、水漏れを防ぐ祈り、駐車場の空きを願う祈り*9などが収録されている。

 そこには神への敬虔な祈りという要素は全くない。究極的な現世利益であり、むしろ神に対する冒涜の効果を醸し出している。このようなことが何故冒涜的なのかというと、祈るという行為は単に外形的に定義づけられないからである。神を真摯に信じていない人間が、祈祷集を片手に祈っても何の意味が無い。祈りは単に行動のみならず、内心あるいは態度の問題である。

 『使える教養』という題名の本はないのかもしれないが、手っ取り早く教養を得たい人たちにはぴったりの題名である。そして、抜け毛を防ぐ祈りが祈りとして体を成していないのと同じように、すぐに使える教養を求めることは、教養的ではないのである。教養的であることも、祈りと同様に、行動のみならず、内心や態度を要求するのである。

 

 さて、教養は元々自由人のものであった。現代にほとんど奴隷はいないが、代わりに労働者はごまんといる。現代においても、教養は自由人だけのものなのだろうか。政治的関与はともかく、時間的自由という面では労働者は自由人というよりも奴隷の方に近いと言わざるをえない。労働者は自分を自由だと思っているが、それは労働時間以外だけのことなのである。その意味で、彼らは完全な自由人とは言い難い。

 例えば、勤務時間内に教養的に振る舞うことは至難の業だろう。先程も言ったように、経営者や上司がそれを許さないからである。仕事に関係のないことをやられたら、パフォーマンスが落ちるのだから、当たり前である。

 ちなみにここで言う労働者とはいわゆる学者のことも含む。何故か。よほど例外的な場合を除いて、学者も完全な知的自由が与えられているわけではないからである。

 例えば、文学者が純粋な数学の論文を書いたり、数学の研究に過度にのめり込んだりするのにいい顔をする研究機関はないだろう。少なくとも本業を阻害するほどなら、止めるはずだ。我が校は文学者として先生を雇ったわけで、数学者として雇ったわけではないというわけだ。確かに組織の論理としては完璧に正しい。こういうわけで、学者も決して自由人たり得ないのである。

 彼らは自分たちの専攻領域の学識を切り売りしているに過ぎない。専攻領域を深掘りしているような知はもちろん重要である。だが、私が定義づける教養はどちらかというと、自分が分からない領域を探ることなのである。

 本題に戻ろう。労働者たちは労働時間は自由人ではない。しかし、逆に言えば労働者たちは労働時間以外は一定の自由を有している。世の中、資産家ばかりではないことを考えれば、その限られた自由を行使するしかないだろう。もし教養を楽しみたいとすればだが。

 何もその行使の仕方は本屋で本を開く、あるいはネットなどで調べ物をするということだけに限らない。例え話と全く同じく街歩きをすることでさえ、立派な教養的な行為になりうる。今まで全く知らない、文化の人々の生活を知ることが出来るかもしれない。あるいは全く知らない業種の仕組みを知ることが出来るかもしれない。

 いわば、世界の広がりに触れ、自分の知識の狭さを痛感し、既存の知識を乗り越えるのである。この世界には、そのようにして思わぬ形で知が開かれる回路がある。それは役に立つということを超えて、きっと楽しいことではないか。

 

 

参考文献

 

ルネ・デカルト 『もろもろの学問分野で、正しく理詰めで真理を探究するための方法についての考察』 訳 山形浩生

「もろもろの学問分野で、正しく理詰めで真理を探究するための方法についての考察」

http://www.genpaku.org/dcart01/dcart10j.html (2017年 11月 9日最終閲覧)より

原 章二『人は草である―「類似」と「ずれ」をめぐる考察』2013 彩流社

竹内 洋『教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化』2013 中央公論新社

村上 陽一郎『あらためて教養とは』2009 新潮社

出口 治明『人生を面白くする本物の教養』2015 幻冬舎

チャック・パラニューク『サバイバー』2005訳 池田真紀子 早川書房

 

 注釈を含む上記の文章は、第25回文学フリマ東京で配布したフリーペーパーの内容を一部改変したものである。具体的に言うと、読みやすさを考え改行を増やした他、商品リンクを二つ貼り付けた。

 

文責 雲葉零

*1:グレーカラーとはホワイトカラーとブルーカラーの中間のことを意味する。具体的にはスーパーマーケットや不動産の販売職が挙げられる。

*2:竹内(2013) 終章 アンティクライマックスより 電子書籍を参照したので頁数は示せないことをお許し頂きたい。

*3:デカルト 『もろもろの学問分野で、正しく理詰めで真理を探究するための方法についての考察』第一部より。

*4:原(2013) 7及び8頁。

*5:村上(2009) 43及び44頁。

*6:出口(2015) 39及び40頁。

*7:ネット上ではこの手の言説は溢れているが、いざ書籍から引用するとなると、そう簡単に見つからなかった。

*8:入学試験や公務員試験などの試験勉強が典型的だろう。

*9:ラニューク(2005)189頁から188頁。作品の都合上、頁数が逆転している。

その一冊から ~私の文フリの経験に寄せて~

 何度か宣伝もしてきたとおり、先日、第二十五回文学フリマ東京に参加してきた。大学時代のサークルの仲間が集まって出した冊子は、なんと、刷った分が完売した。嬉しいことである。ソガイのフリーペーパーも、予想を遥かにこえて多くのひとに手に取ってもらえた。

 ここで「なんと」と私が言ったのは、なにも今回の冊子がよもや売り切れるはずがない、などと思っていたからではない。むしろ、メンバーのなかでは時間を持て余していたためにがっつり編集に関わった身としては、いまできる最大限のものを出すことができた、と思っていた。

 この「なんと」には、前回、べつの名義で文フリに出店したときの経験がある。

 前回、私は文フリでコピー誌を出している。冊子制作の経験など無に等しい私が手探りでなんとか完成させた二十部のコピー誌は、身内を除いてしまうと、六時間で二冊しか売れなかった。お隣さんがばんばん売れていくのを横目に缶コーヒーを飲んだり、反応のなにもない宣伝ツイートを確認したりしながら、ついには最後の一時間の間に、「君たち(このとき私はふたりで出展していた)、こんなところで作品とか出してどうするの? 当然文学賞とか出しているんだよね? じゃなかったら、こんなことしたって意味ないじゃん」などなど、拡声器で会場に流したら刃傷沙汰になりかねないことを鼻高々に演説してくる中年男性の相手を三十分近くさせられて(結局、そのひとは一冊100円の冊子を買ってくれることはなかった)、私の文フリは終わった。いまになれば笑えるが、むしゃくしゃした気持ちはまだ解消できていなかったし、そのときは疲労も相俟って、その後の友人たちとの飲みをほっぽり出して帰ってしまいたい気分だった。荷物も大きかった。これでも、帰りは軽くなるから、なんて言っていたのが、本当にお笑い種である。荷物は、むしろ重くなったのだから。

 ここだけ見ると、よくこんな惨憺さる経験をして半年後に冊子を出すは、挙げ句の果てには、次回の文フリではこのソガイとして冊子を出そうとしているな、と自分ながらに思う。しかし、この初陣は、悪いことばかりではなかった。いや、むしろその一点において、あらゆるマイナス面を帳消しにするだけのものを得られたのだ。

 今回のことでわかったことだが、冊子を手に取ってもらわなければなにも始まらない。たとえ買われなかったとしても、手に取って中身を見てもらえた時点で、もう及第点は突破している、といってもよいくらいだ。

 で、私の冊子は、当然ほとんど見向きもされなかった。何度、店仕舞いにして撤退してしまおうか、と思っていた。(事実、私がその日、一番躍動したのは、机、椅子等の片づけだ。早く撤退してしまえば、それすらする必要がなかったのだ。)

 そのときである。ひとりの男性が立ち止まった。銀縁のめがねを掛け、シルクかなにか、なにやらおしゃれな帽子をかぶったひとだった。そのときの私の相方は買い物に出ていて、私はひとりで店番をしていた。

 私のみすぼらしい冊子を手に取ってなかをぱらぱら、と見たその男性は、あなたがこの○○さん? と私に声を掛けた。はい、そうです。久しぶりに出した声は、のどに痰が粘ついていて、しゃがれた声だった。強めに咳払いをするのを待って、男性が問いかけたのは、こういう内容だった。あなたは、この冊子をどんな気持ちで作ったのですか?

 混乱した。てっきり内容や値段を訊かれる、と思っていたから。いちおう想定問答集は考えていた(まあまったく役に立たなかった)が、このような質問は完全に想定の範疇になかった。

 ある種、禅問答に近いこの問いに、私はいったいどのように答えたのだったか。テンパりにテンパった私は、相手の目もほとんど見られず、理路整然なんてものからは到底かけ離れた言葉を、途切れ途切れに、しかし早口にまくし立てるように話していたと思う。ひとつ覚えている。いままでもサークルで冊子を出したことはあります。でも、今回は全部ひとりで作りました。全然うまくいかなくて、でも、これでも自信はあったんです。でも、周りを見ると、自分のものがどうしても見劣りしてしまって。いままでの冊子が売れていたのは、まったくぼくの力なんかどこにもなかった。冊子を作ってくれたひとたちにはいつも感謝していたつもりでした。けど、今回のことで本当によくわかりました。いまは、もっと彼らに感謝したいです。でも、ぼくはこの冊子が好きです。

 だいたい、こんなことを言って終わったのではなかっただろうか。自分でも、なにを言っているんだろう、穴があったら入りたい気持ちになっていると、男性はただひとこと、そうですか、とつぶやき、うんうん、とゆっくり頷いた。そして、では一冊ください。財布から百円を取り出して、私の手の上に乗せた。なにが起きているのか、正直よく分らなかった。私は、ただ、ありがとうございます!と声を上げていた。最初は座っていたはずなのだが、いつからだったのだろうか、私は立ち上がっていた。

 最後にそのひとは、大事に読ませてもらいます、と微笑んで、去っていった。涙、という感じではなかった。ただ、このときの動悸というか、胸のときめきというか、高揚感というか、それは忘れられない。

(本当にこれは偶然であるのだが、いま、私は次回の文フリに向けたひとつの試みとして、『アイドルマスター シンデレラガールズ』を見かえしていた。その第七話は、new generations が解散の危機を迎える話である。城ヶ崎美嘉のバックダンサーとして出たライブと、自分たちのデビューミニライブの観客の数の違いに失望していた未央に、プロデューサーは最後、そのときのミニライブで撮った写真に写る、笑顔の観客を見せる。そのときの台詞。「たしかに、身内を除けば数は多くありません。ですが、そのひとたちは足を止めて、あなたたちの歌を聴いてくれていました。」彼は、これを「当然」の「成功」だと言う。タイミングがタイミングなだけに、何度か見かえしているが、いままでで一番、この台詞が染み入った。

 フィクションの物事を安易に現実の自分に当てはめて考えて、共感する(した気になる)、ということはむやみやたらにすべきことではないのかもしれない。彼我の差は絶対なのだから。我は彼ではないし、彼は我でもない。だからこそ、けっしてひとつにはなれない我々に求められるのは物理的かつ心理的なコミュニケーションなのだろう、と思う。我々はこのコミュニケーションにより、互いの距離を狭めていく。しかし、この距離は漸近線的なものである。つまり、永遠にひとつになることはない。だからといって希望を失うなかれ。なぜなら、ここにこそ希望があるのだから。むしろ、コミュニケーションに必要なのはこの距離なのだ。ゼロの距離の間に、流れは生まれない。我と彼は違うからこそ、そこにコミュニケーションが要求されるし、欲望される。

 これについては、次回の文フリで取り上げてみたい内容のひとつである。このアニメーションが、ひとつのコミュニケーションの物語として見えてくるように思われているからだ。もっとも、いかんせん現状では、その見解はあまりにも野放図に広がりすぎているのだが。いやしかし、だからこそおもしろいのかもしれない。こうするなかでも私は、私にとってのひとつの答えに、やはり漸近線的に近づいていくのだろう。)

 いま、私は今回の文フリで買った本を読んでいる。私の個人的な仲間も含め、私なんかその足下にも及ばないひとたちの文章、そして作品としての書籍に打ちのめされているばかりだ。

 それでも私は、あの日の胸の高鳴りを忘れてしまわない限り、表現することをやめることはないだろう。ひたすら「一」を重ねていくことが、きっとこれからの私をつくってゆくと信じて。

 

(文責 宵野)

掌編小説 『遊具』 雲葉 零

『遊具』      

 蜂の巣状のように、あるいは安普請の集合住宅のように部屋がびっしりと詰まって区切られている。部屋の仕切りは合板で、殴れば壊れるようなちゃちなものである。周囲を見渡すと、左右それぞれに階段があり、上下に続いている。階段もやはり合板でできている。試しにいくつか登ってみても切りがない。しょうがなく、ある階で止まって、一つ扉を開けて見る。畳敷きの部屋の中では、親族たちが宴席を開いていた。親戚づきあいなどする質ではないから、仲間外れにされたと怒るつもりはない。しかし、奇妙だったのは彼らが僕のことなど全く無視していたことだ。手づかみで刺し身をつまみ食いし、ビールを飲んでも何の反応もない。 

手持ち無沙汰から、窓のほうに目をやると、白い金属状の平べったい物体が見えた。ヘラのような形状だと言えば分かりやすいかもしれない。その広さは六畳は優にあるのではないか。初めは宙に浮いているのかと勘違いしたが、先を見ると巨大な支柱がある。ヘラはそこにつながっているのだ。そして支柱に近づくにつれて、棒状に細くなっていた。  

 窓枠にほとんど接していることもあり、僕は無意識に足を載せてしまう。両足を載せ終わったその途端に、初めはゆっくりと、それからどんどん速く、その物体は回転をし始める。部屋の中では親族たちが手を振り始めていた。窓から部屋へ飛び込もうとすることもなくぼんやりとしていたが、あまりの回転の速さに恐怖を感じ始める。だが、もう遅い。振り落とされないようにうつぶせになるが、掴みどころがないので、少しも安定しない。顔だけ上げていると、白い支柱に黒字で遊具と書かれているのが見て取れた。

 遊具はますます回転の速度を上げている。遠くに、現実離れした巨大な大きさの銅像が見える。まるで独裁者の銅像のようだ。その銅像の人物はスーツを着ていて、プレートには有馬里三と名前が書かれている。有名な作家だ。教科書にも載っているので、ちょっとませた小学生だって知っている。その時、何故かこの人物が遊具の設計者であるという閃きが浮かんだ。こんなふざけたものを考えつくのは作家ぐらいしかいない。 

しかし、その憤りと同時にだんだんとこの遊具にも慣れて、ちょっと楽しくなり始めていた。折しも、夏であり風に吹かれるのは気持ちがいい。しばらくすると、通っている大学近くのホームセンターが目線に入ってくる。父親と幼女が植物コーナーで買い物をしていて、微笑ましい。そこで、はたと大学が近くにあるという恐ろしいことに気づいて、物見遊山に来たような気分が一瞬で吹っ飛んだ。やたらと高いビル群で構成されているあの大学に、こんな遊具で突っ込んだら衝突するのは目に見えている。どうすべきか少し考えたが、答えは出なかった。

 いつのまにやら、今度は遊具の速度が落ちてきているようだった。それにどんどんとヘラが地上へと近づいてきている。おまけに傾き始めているので、するすると滑り落ち始める。ここで脱出するしかないと、ヘラから僕は滑空した。とっさに受身の体勢を取る。五メートルほどの高さがあったと言うのに、地面に落ちた時にそれほど痛みはなかった。中学生の時に少しだけだが柔道を習っていた経験が、ここで生きたのかもしれない。あるいは遊具らしく、僕には見当もつかないような安全対策が施されているのかもしれない。

 部屋中に設置された電子計算機が唸りを上げ、熱を吐いている。南が吸うタバコの煙が部屋に充満する。扇風機がついてはいるが、煙草の煙をかき回しているだけで、たいして効いていない。挙句にはゴミが充満するひどい部屋の中で、僕は汗を拭いた。やっと計算機から出力された紙を手にした南いわく、僕が言ったような遊具は物理上ありえないのだという。僕が乗った平面上の部分が高速回転すると、その遠心力に支柱が耐えきれないはずらしいのだ。僕の証言が不正確なことを考えて、いろいろな条件で物理解析をしてみたが、どうやっても二つも桁が違うほどの強度不足を生じるらしい。

「しかし本当にそうだったんだよ」

 何の理屈付けにもなっていない僕の弁明を、南は訝しげに聞いていた。部屋の片付けはろくにできない奴であるが、これでも奴は工学部随一の秀才である。確か、奨学金を貰っていたはずだ。物理現象に関して、奴が言うのなら当たっているのだろう。夢でも見ていたのではないかと、問われると僕には反論することができない。そんな時に、部屋の木戸を静かに叩く音が聞こえた。南が開けると、黒いスーツを着た中年男性が立っていた。右手には紙袋を持っている。しかしサラリーマンとは雰囲気がまるで違う。彼はこの度は申し訳ありません、と僕及び南に一枚ずつ名刺を渡す。 雑誌国民文学 編集  白石  

とだけでかでかと書かれていて、会社内での部署や電話番号が一切ない。それから彼は半ば無理矢理に部屋の中に入ってきて、間髪をいれずに説明を始める。有馬先生の遊具が被害を及ぼしたことを心からお詫びします。先生に悪気がないことをご理解くださいと。そして紙袋からウイスキーと菓子折りを取り出して、ほんの気持ちですのでお受け取りくださいと頭を下げる。 やはり、あれは有馬里三の仕業だったのかと、僕は得心したが、南はそうではなかった。そのような遊具は物理的に存在しないはずだと、詰問を始める。白石編集は南の問に、大意以下のように、にこにこしながら返答した。先生の遊具は小説的原理に基づいているので、一般の物理現象を超越するのです。ニュートンやファラデーあるいはローレンツなどは優秀な物理学者でしょうが、小説家ではありません。よって、彼らの理論は、先生の小説的遊具の前に無意味なのです。ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学が相容れないように。

 南は白石編集の言葉に納得できかねるようにしきりと首を傾げている。そんなことはお構いなしに、白石編集はコップはありませんかと聞くこともなく、そこら辺に転がっていたグラスを洗って用意した。それからグラスにウイスキーを注ぐ。僕達に何かを言わせる間もなく、どうぞ、どうぞと笑いながら南に注ぐ。下戸の奴はあっという間に気持ちよくなってしまった。

 次に白石編集は僕の方にも酒の入ったグラスを差し出したが、固辞した。遊具のからくりには納得したが、有馬里三を許したわけではないからだ。暫くの間、白石編集と南は愉快そうに酒宴を楽しんでいた。こうなってくると、少し腹立たしくなってくる。どうにも、振り回されたものと、振り回されなかったものの間には越え難い壁があるようだ。これでは振り回され損ではないか。

  一体どれぐらいの時間が経ったのだろうか。僕は眠り込んでしまったようだ。日が暗くなっていくる。それに暗澹とした気持ちでいるうちに、奇妙な来客は帰って行ってしまっていたようだ。ウイスキーの瓶と菓子折りが空になっている。そして、僕は白石編集の顔が銅像の人物そのものだったことにようやく気づいた。

文学フリマでフリーペーパーを配布します

 11月23日(木祝)に開催される第二十五回文学フリマ東京で、ソガイのフリーペーパーを配布します。借り猫文学会という同人サークルの一角を間借りさせて頂く形で。だいたい字数は二万字ぐらいになりそうです。

 ブースはA-17に決定しました。フリーペーパーの内容は以下のとおりです。

 宵野雪夏 谷崎潤一郎春琴抄の書評

 雲葉零  教養についての論考

 また同ブースで販売している小説集『anthology 都市と嫉妬』にも二人で参加しています。こちらは有料ですが、気軽に手にとってお読みください。

 

 文責 雲葉 零