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『志賀直哉随筆集』書評

志賀直哉随筆集』書評

 

 言わずと知れた「小説の神様志賀直哉。しかし、志賀直哉の小説は一見した印象ほど、わかりやすいものではない。私小説だったり、心境小説だったり、そう評されることも多い志賀直哉は、反自然主義から出発している。たとえば晩年の芥川龍之介が『文芸的な、余りにも文芸的な』で「『話』らしい話のない」「詩的精神」に満ちた「純粋な小説」の例としてあげたのが、志賀直哉の小説だった。なかでも「焚火」は、芥川自身も多いに感銘をうけて、彼に「海のほとり」という作品を書かせている。『暗夜行路』を除き、そのすべてが短編という志賀だが、それは、いわゆるショートショートのような明確な起承転結やオチがあるものではない。

 近代の優れた作家が、随筆を書かせても一級品である例は少なくない。たとえば谷崎潤一郎『陰翳礼讃』。これは光と影にまつわる日本(東洋)と西洋の美意識の差についての文化論であり、書き手ののちの創作への姿勢をも示唆している。さらに現在でも、西洋で建築を学ぶ者にとって、この文章は必読のものであるという。

 これだけ内容に富んでいながら、優れた随筆は、必ずしも小説ではそうではないが、きまって、流れるように読めてしまう。それは、必ずしも文章が上手いからでも、ましてや内容が軽いからでもない。随筆。「随感」=「思うまま、感ずるまま」という言葉もあるが、「随」は、訓で読むと「したがう」である。筆に随う。書き手の筆の早さと読み手の目の動きがぴたりと一致するような書き方ができている随筆だからこそ、流れるように読むことができるのだ。

その点、志賀は意識的に書く早さを考えていた作家である。処女作のひとつ「或る朝」について、こう語っている。

 

 私はそれまでも小説を始終書こうとしていたが、一度もまとまらなかった。筋は出来ていて、書くとものにならない。一気に書くと骨ばかりの荒っぽいものになり、ゆっくり書くと瑣末な事柄に筆が走り、まとまらなかった。(「創作余談」)

 

 それでいながら、志賀直哉は、他の同時代の作家と比べるとあまり随筆の印象がないようである。それにはひとつ原因があると思われる。「続創作余談」から。

 

豊年虫」のような物は何といっていいものか自分でもよく分らない。私では創作と随筆との境界が甚だ曖昧だ。(「続創作余談」)

 

 くつろいだときの自分のことを書いた、と明言する「豊年虫」。「創作と随筆との境界が甚だ曖昧」とは? しかし事実、志賀の随筆がまとめられているこの『志賀直哉随筆集』(岩波文庫)に収められているいくつかの作品が、「創作余談」「続創作余談」「続々創作余談」といった、全集の著者解題なる文章のなかでは小説作品と並んで取り上げられている。書く物が、本人ですら創作か随筆か曖昧なのだから、読む者にとっては、まさしく「随筆」だといったような印象は残らなかったのだろう。

 推敲すればするほど短くなっていく、なんて逸話も残る志賀の文章の特徴は、その極限まで無駄をそぎ落とした簡素さである。しかし、だからといって物事を薄っぺらく描いているわけではない。小林秀雄ではないが、志賀の眼は物事をつぶさに観察している。この観察眼から生み出される簡素な文章は、むしろ動きに富んだコミカルなものとして映ってくる。そこが、彼が書き手として卓抜しているところである。たとえば「兎」。

 

 (……)去年の暮れ、貴美子という末の娘が、「兎、飼っていい?」という。

 「大きくなったら食うよ。それを承知なら飼ってもいい」

 「それでもいい。……飼ってしまえばお父様きっとお殺せになれない。だから、それでもいい」最初から高をくくっている。

 「いや、殺して食ってしまう。きっと食う」

 「ええ、かまわない」と貴美子は微笑していた。

 早速、入れる函を作った。それから食堂の前に角材を一本打込み、一尺五寸四方の盆のようなものを作り、それを杭に平にうちつけた。生れて幾日位か、とにかく、小さな兎を貴美子が抱いて来た。(「兎」)

 

 いい場面だ。この親子の関係が、ほんわかとにじみ出ている。この貴美子という娘が、父親譲りの動物好きで、本書の随筆のなかでもしばしば登場する。彼女の容姿などについてはなにも特別なことは描いていないが、志賀の簡素な文章のなかの貴美子さんのかわいらしさは、ちょっと類を見ない。父親幸田露伴との思い出を書いた随筆のなか、お盆を楯にして父親にささやかながら反論する幸田文に匹敵するのではないか。

 閑話休題。さらに続ける。今度は兎について。

 

 鳴かない動物だと思っていたが、やはり声を出す。喜んだ時、低い声でグウ、グウと鳴くのをその後気がついた。傍へ行くと寄って来て下腹を凹ますようにして、グウ、グウと鳴く。此方でもグウ、グウと真似してやると、またグウ、グウという。(「兎」)

 

 志賀直哉、いい年してなにやっているんだ、というのはさておき、ほとんどグウ、グウといっているだけなのに鮮明な情景が浮かぶのは、さすがと言ったところか。志賀直哉は自他共に認める動物好きで、動物に関する随筆をいくつも残しているが、そこに描かれる動物には命の温もりや肌触りがたしかに感じられる。志賀直哉、案の条というか、結局この兎を殺すことはできないのであるが、これは蛇足というものか。

 いやいや、しかし志賀直哉、動物ばかりではない、人間を描かせてもどこかおかしく、そして愛おしい。特に印象に残っているのは泉鏡花だ。ところで、武者小路実篤については、それはもうことあるごとに登場してくる。志賀直哉の随筆において武者さんはだれよりも愛すべき方なのだが、あなたたちの仲の良いことはもうよくわかった、とこちらが呆れてしまうくらいなので、割愛する。

 

 (……)帰ろうと二階から下りてくる、其所に丁度泉さんが見え、小さい玄関の間で両方立って挨拶をした。泉さんは私たちを送ってから二階へ上るつもりで立っていられたが、泉さんの立っていられる直ぐ背後に私の二重廻しや帽子が掛けてあるので、泉さんにちょっと其所を退いてもらわないと、それが取れない。気軽に「ちょっと失礼」という風にはいえない。(……)泉さんが二階に行かれたら、それを取るつもりでそのまま立っていると、泉さんは私たちを送ってからと思っていられるらしく、両方でだまって向い合ったきりで、それが何んだかへんな具合になった。遂に泉さんは堪えられなくなったか、「失礼」といって、二階へ駈け上るようにして上って行かれた。(「泉鏡花の憶い出」)

 

 生真面目だったらしい泉鏡花の性格が、よく表れている。そのうえ、ちょっと滑稽でくすっと笑ってしまう。創作指南本などで、エピソードでキャラクターの性格を表す、などと教えられるが、その一例としても十分通用する。おそらく、「泉さんは私たちを送ってから」という文を繰り返したりしているのが、実際にふたりがお互いの次の動作を待って向い合っている瞬間のすれ違いを上手く表現しており、それがある種のおかしさを生み出しているのだろう。読者を笑わせるのは、なにもギャグばかりではない、ということだ。

 この一節だけでも、創作を志す者にとっては必須のエッセンスがいくつも詰まっている。それを志賀直哉は、あろうことか随筆でやってしまっているのだ。彼が本当に「小説の神様」かどうかについては議論の余地があるだろうが、ともかく、筆に随った文章で、これらの技術が自然に発揮されている点、たしかに「神様」のようなひとと言えるかもしれない。

 最後に、志賀直哉の創作への姿勢を示す一節を挙げよう。

 

 宗達をよく想い出す。巧みに単純化し、しかも、それが生々と表現されている。(……)ただ、写実では本統の姿は摑めないのだろう。生きている兎が栖鳳のよりも宗達の兎に遥かに近いというのは面白い事だと思った。(「兎」)

 

 宗達と栖鳳との違いは、とりあえず琳派狩野派との違いで説明できよう。宗達もその祖のひとりといわれる琳派は、伝統を引き継ぎながらもそれぞれ絵師独自の解釈が加わる。対して、大名お抱えの職業絵師として力を持った狩野派は、徹底的な品質管理が求められ、絵師の独自性はむしろ邪魔なものとされた。

 

C0032462 兎桔梗図 - 東京国立博物館 画像検索*1

独立行政法人国立美術館・所蔵作品検索*2

 小説「鵠沼行」について、彼はほとんど事実に即したなかで一カ所、事実とは違うところがあると告白する。事実ではないことがわかりながら、それでも自然にそう思い浮かんだのだという。しかし、そのとき一緒だった妹がここはよく覚えている、と指した場所が、この事実ではない部分だった。そんなエピソードともつながる感想だ。

 志賀直哉の文章は簡素だ。しかし、それでいながら動きがあり、命の温もりがある。そんなことを再確認した随筆だった。

 

 おまけ。「赤い風船」は、そのままの題名の映画にまつわる話である。

 

 私は「赤い風船」も「沈黙の世界」も実写で見て、近頃珍らしい面白い映画だと思い、「わんわん物語」とともにこの娘に勧めていた。(「赤い風船」)

 

 彼の口から「わんわん物語」と出てきたことに思わず噴き出してしまったのだが、問題はここではない。このあと、十行以上にも渡って「赤い風船」のあらすじの説明までして、この随筆の結び。

 

 「赤い風船」を二度見たら、私の書いた梗概が大分違っている事に気がついた。しかし、直さず、そのままにして置いた。(「赤い風船」)

 

 おいおい、いくらなんでもそれはないでしょう。と思った次第である。

 

 

(文責 宵野)

*1:2017/08/09閲覧

*2:2017/08/09閲覧

『茄子の輝き』書評

滝口悠生『茄子の輝き』書評

 

 初めての八重洲ブックセンターで浮かれていなければ、もしかしたらこの本を私は手に取っていなかったかもしれない。

 というのも、芥川賞を受賞した『死んでいない者』の良さが、あまりよくわからなかった。大きな事件も極端に現実離れした設定もない、という物語自体は、むしろ最近の好みであるのだが、それにしてもあまりに淡々とし過ぎていて、また私には、あれだけの数の登場人物をそらで把握することは到底不可能、だからといって、自分で家系図を作るほどの気力はわかなかった。この作者は、自分には合わないかもしれない。ところどころの描写や全体の雰囲気には、これは、と思わせる部分があったのに、いま思えば、一作読んだ程度でとんだ早合点であった。

 本書は、6篇の連作と1篇の短編から構成されている。

 連作は、なんだか理由もわからず妻に逃げられた語り手の市瀬を中心とした人間模様が、淡々とした筆致で描かれる。彼の勤める高田馬場のカルタ企画は、メーカーから外注を受けて、製品の説明書をデザイン、制作する会社。午前11時までに出勤すること、隔週の月曜日におこなう会議に必ず出席すること。それさえ守れば、時間外手当が一切出ない代わりに、好きなときに好きなだけ昼休みを取り、与えられた業務が片付けば早くあがっても構わないという、ほとんど自由裁量制が採られている。従業員は10人程度と小さな企業だ。妻と離婚してからこの会社にたどり着いた市瀬は、やりがいは感じないし愛社精神もないが、なんだかんだ楽しく働いていた。

 市瀬にはひとつの習慣があった。それは、日記をつけること。元々結婚していたときからつけていたのだが、離婚により中断。後からカルタ企画に入った千絵ちゃんの存在を契機に、彼はまた日記をつけ始める。

 七歳年下の千絵ちゃんに対する市瀬の入れ込みようは尋常ではない。日記には、その日の彼女の所作などが記されている。しかし、彼の千絵ちゃんに対する感情は恋愛ではない。千絵ちゃんにはバンドマンの彼氏がいて、同棲もしている。

 離婚後、市瀬はあるひとつの妻の表情を撮った写真を何枚も複製して切り抜き、いろいろな背景に貼り付け、コラージュのようなことをしては、週に何回かそのアルバムを取り出しては眺めていた。千絵ちゃんは、そんな市瀬の離婚のショックを慰め、以来断っていた女性とのつながりを感じさせてくれる存在だった。彼女の入社を機に、市瀬は明るさを取り戻し、同僚とも食事に行けるようになった。そんな市瀬が、月曜会議で問題提起されたお茶汲み当番制の改善、妻との島根旅行、会社の経営悪化による退職、彼氏の実家である出雲に行く千絵ちゃんとの別れ、居酒屋で出会ったその日に家に連れ込んでしまったオノという女性……。さまざまな出来事を、ひとつひとつ振り返るように、語っていく。

 この連作の特徴に、これが震災以後の文学であることがひとつ挙げられる。市瀬は、震災以前に離婚してカルタ企画に就職、千絵ちゃんに出会っている。そして震災後の2011年9月、退職する。震災以後、市瀬は地震を過敏に恐れるようになる。ときに震度1の地震でも飛び起きて、外に飛び出す。震災のとき、市瀬は、離婚していてよかった、と思っている。自分の財産を失うだけなら構わない。しかし、妻の大事なものが失われたり、ましてや妻が家屋の下敷きになったりもすれば耐えられない。つらさは倍になる。そんな風に語る。いつ、自分の身に災難が降りかかるのか。漠然とした不安を抱えながら、市瀬はひとり、木造アパートで暮らしていた。

 また、この物語には川がしばしば登場する。職場近くの神田川のほか、島根旅行で妻と散歩した川、妻の実家の目の前を流れる川、同じく妻がひとり暮らしをしていた西八王子の家の前の川。

 舞台の中心は、高田馬場を中心とした東京の真ん中である。自然と対極にある大都会であっても、そこにはいくつもの川が流れている。飯田橋、市ヶ谷、水道橋、お茶の水秋葉原……総武線の車窓からは、降りてみれば塩臭い川が流れている。あの渋谷にだって、川はある。そして、川には橋がかかっている。この物語から想像される橋は、たとえば隅田川に架かる大きな鉄橋や、自然豊かな土地の木の橋とは異なる。たとえば私なら、高田馬場という土地からして、駅を降りて交差点を渡り、坂を上った先にある神高橋、あるいは、文字通りの水道橋、お茶の水の聖橋、秋葉原なら万世橋といったところだろうか。もしかしたら、ここに日本橋を入れてみてもいいかもしれない。つまりは、川にかかる橋としてはあまり意識されておらず、だれもが歩道として、当たり前のように渡っている、石像だったりコンクリートだったり、欄干のくすんだプレートに目を留めて見なければ名前を知ることもない、小さな橋である。ここではまだ有名なものを挙げたが、東京には、このような名もなき橋がいくつも存在する。ただ、あまり意識されていないだけで。

 つまり私たちは、いつも流れる川の上を歩いている。人間の意識的な運動によらない自然の運動が、たとえそれが目に見えなくても、いつだって足許に流れているのだ。市瀬の一人称で語られるこの物語にも、やはりこういった、表に出てこない流れる意識がある。

 

「もちろん千絵ちゃんのことはその限りではない。千絵ちゃんのこと          は忘れようはずがない。」

 とある。会社を辞めた直後、二〇一一年九月のある日の記事だ。

 それで私は千絵ちゃんのことを思い出す。というのは噓で、実を言えばとっくに思い出していた。というか、はじめから千絵ちゃんのことを考えながらこの街に来て、川をのぞいてみたり、増水のことを思い出して見たり、会社のあった場所を訪れてみたりしていた。(p71)

 

 東京都会の川、とくに下流の方はもう汽水域といってもよいのでは、と思わせるくらい、塩の気配が漂っている。隅田川河口にはフジツボだって生息している。海。2011年3月11日を経験してしまった私たちは、否応なく、あの津波を思い起こさせられる。ただ、そこにあるだけだと思っていた、自然の水。しかし、それがいつ私たちを飲み込み、押し流していくのかはわからない。もはや私たちは、足許を流れる水と無関係では生きられない。

 人間の意識も、また同じものであるのかもしれない。単純に、意識と無意識に分けるとする。人間、平生はあくまでも自分は意識の領域で動いていると思っている。ある人間の現在は過去の積み重ねである。その過去だって、だんだんと色褪せて、ぼやけて、やがてほとんどを忘れてしまう。それでも、やはり無意識の領域では、良い記憶も悪い記憶も、からだや心のどこかで、静かに流れている。平穏なときは、ほとんど無視しうるほどのものでしかない。しかし、身近にありながら目を向けていないがゆえに、一度その流れが氾濫を起こすと、気がついたときにはもう飲み込まれ、どうしようもなくなってしまう。

 書く・語る、という行為は、どこかでそれに抗おうとする意思だ。日記は過去の自分を紙の上に残す。語ることで、意識の砂を掬い、地下に流れる無意識の水脈を掘り当てる。無意識を発見したからといって、それを意識の支配の下に置くことはできない。無理に流れを堰き止めればかえって氾濫を招くことだってあるし、埋め立てても脆弱な土地が生まれるだけだ。滝口が描く世界に、極端に大きな事件はない。しかし、そもそも不安というものは、こういったなんでもなさそうな生活にこそ蔓延しているものである。あるかどうかもわからないから不安なのだ。それが、恐怖との違いだ。

 そこに、無意識が流れていることを見ること。それが、漠然とした不安を抱えるひとびとが少しでも穏やかな心構えをするために、必要なことなのかもしれない。

 (文責 宵野)

 

書評『炸裂志』 閻連科 後編

文責 雲葉零 

神実主義とは何か

 本作では一種の超現実的な描写方法が取られている。例えば、孔明亮が出世の書類をかざしただけで枯れていた花がまた咲き始める。作者をこの手法を神実主義と名付ける。『炸裂志』に収録されている『神実主義とはなにか-外国版あとがき』を参照しながら、この手法について検討していく。

 神実主義は中国の歴史と深く関わっている。作者は言う。

 中国の現実が、ある種の新しい創作を迫っている。

 最も度し難い歴史と実在は、いわゆる神実主義の文学が生まれてくるように陣痛を促している*1

 作者は神実主義と中国の現実が関係している例として大躍進政策で膨大な成果が挙がったことを述べている。これはどういうことか? 私なりの考えを述べていこう。実際には大躍進政策は大失敗で数千万人規模の餓死者が発声した。だから「大躍進政策で膨大な成果が挙がった」というのは一見間違った文章に見える。しかし、ここで考慮しなくてはならない事がある。当時、虚偽の報告も相まって、公的には大成功と見なされたことである。

 すなわち、喧伝によって政府は「大躍進政策で膨大な成果を挙げる」事に成功したのである。あるいは大本営発表によって日本軍が米軍に大打撃を与えたように。もちろん、これはプロパガンダであって、現実は何ら変わっていない。

 しかし、権威主義国家において国家のプロパガンダに反対することは致命的である。仮に虚偽と気づいていても、公言することは難しい。なので、認識のレベル、あるいは建前のレベルでは確かに大躍進政策は成功したのである。このことは前述した政治的な言い換え、あるいはダブルスピークとも関連するだろう。

 また、作者は他の例も挙げている。土葬から火葬へと埋葬方法が変わった際に、老人が土葬されたいがために次々と切り替え前に死んでいったというのだ。作者が言うようにこれはリアリティのない話である。しかし、権力はリアリティのない現実を簡単に作り出す。北京オリンピックの際に中国政府が天候を操作しようとしたことを覚えている人もいるのではないか。開会式を晴れで迎えるためである*2。権力は自然現象をも、いとも簡単に超越するのである。

 権力の目的を達成する手段は物的な操作、あるいは言論、認識の操作による。いずれにせよ、認識や言論を含めた、広い意味で言えば、権力に不可能はないのである。もっとも権力の行使に関係のない局面でも神実主義の技法は使われている。なので、神実主義と権力の関係性は一面にすぎないことは留意しておく必要がある。

長男、孔明光と四男

 孔家四兄弟のうち、最後*3に平穏な生活を送っているのは孔明光と孔明輝だけだ。18章で、義憤に駆られた三男孔明耀は炸裂市民を徴兵し、出兵する。その際彼は、兄の孔明亮を殺害している。

 ここで二人の人柄を詳しく検討していこう。元は小学校教師の孔明光は孔明亮の出世に伴い、職位を挙げていき、大学の学長にまでなる。だが必ずしもこれは彼の本意ではない。孔明亮によって、学長に仕立て上げられただけである。彼は学長になっても、チョークにまみれ、学生に直接講義する。また、大学の建設費用を横領することもない。彼は金と権力よりも学問と教育に熱意を持っている。

 もっとも、彼は決して聖人君子とは言えない。人を害することは多くないが、積極的に人を助けとしている描写も少ない。また、彼は朱穎の策略により色欲に溺れ、妻と離婚する。さらには孔明亮に小学校から中学校への転任を頼むような人物である。また、当初は孔明亮の権力掌握に協力していた。とは言え、小学校から中学校への転任希望は権力欲からではなかった。当初の権力掌握への協力は、作中で心境が変化したと見るのが正しいかもしれない。最後には、孔明輝のはからいで妻と再婚し、子供を儲けている。

 孔明輝は朱穎に孔家で唯一まともと評される人物である。前述したように、賄賂を受け取らない清廉な人物であり、また孔明亮の金と権力を優先する行動に強い疑問をいだいている。しかし、作者が指摘するように*4権力者の前に彼は非力である。徴兵を敢行する兄、孔明耀に彼が出来たのは老人、女性、子供、不具者を対象外とすることだけだった。

規範と現実の両義性

 2から18章までの炸裂志を考える上で、18章の最後の描写は重要である。炸裂はスモッグによる激しい公害が続き、人々は喘息にかかり、鳥類、昆虫はいなくなってしまった。だが、それでも生き残っている人々は存在した。そして、ボタン、シャクヤク、ハマナスなどの植物は再生を始める。この終わり方は経済発展のため農業を放棄し、工場を立て、その代償として公害を被った炸裂の歴史とコントラストを成している。愛国者の元軍人と権力狂の市長が去った炸裂は長い時間の後、蘇ろうとしている。

 ここで、一旦話が変わるようだが、権力に抑圧される文化人たちのことを考えたい。彼らの抵抗は権力、暴力に対して、多くの場合無力である。紙の砦という形容詞すら立派過ぎ、実態に合わないほどである。当り前のことだが紙は紙にすぎないし、文字は文字に過ぎないのだ。

 暴力の前にはどんな価値を持った書物も破り捨てられ、どんな堅固な思想を持った文人も投獄されてしまう。彼らの武器は紙とペンとあるいは現代風に言うならパソコン。軍隊、警察の武器は戦車、装甲車、機関銃、自動小銃。武力を行使されたら、勝てる見込みなどない。

 実際、19章で『炸裂志』は無残に焼き払われてしまう。あるいは孔明輝が権力の前でほとんど無力であることを考えればいい。

 では言論による抵抗は無意味なのか? ここで重要なのは規範と現実を区別するという、半ば当たり前のことである。焚書古今東西で行われている事実と、焚書をしては、させてはいけないという規範を切り分けることである。

 『炸裂志』では19章で18章までが小説だったということが露呈されることで、この両義性が表現されているのである。つまり18章までの『炸裂志』は19章に登場する閻連科が望んだ歴史、そうあるべき歴史なのだ。正確に言うなら、現実の炸裂の歴史をかなり踏まえた上で、これからの最悪を避けられる歴史とでも言ったほうがいい。いわば、歴史のIFなのである。だから、これは一種の規範、願望である。あるいは現実の歴史に規範と願望がまじっている。

 ちなみに炸裂志の1章は付記と言う形になっており、炸裂の歴史は描写されていない。閻連科による序文が書かれ、炸裂市の編纂委員が列挙されて編纂年表が付されている。1章と19章は同じ世界線、つまり19章の閻連科が『炸裂志』を書いた世界線であると考えていいだろう。

 ここで見落としてはならないのは、四男孔明輝の名前だけが四兄弟のうち、列挙されていないということである。ここから、考えられることは孔家最大の良心、孔明輝の存在は19章に登場する閻連科*5の創作、つまり願望なのではないかということだ。

 『炸裂志』に対して権力者が失脚し、公害から回復する小説など、非現実的、無意味だという批判は成り立たない。何故ならば、2から18章まではまさしく現実そのものではないことが示されているからだ。それは1章の序文を書き、19章に登場する閻連科の小説、願望である。19章の中では孔亮明は権力を維持していることが示されている。

 2章から18章までが願望まじりならば19章はいわば現実である。19章に登場する閻連科の発言を見てみよう。怒り狂い、脅しをかける市長への返答である。

「ありがとう。孔市長。あなたはこの本の最初の読者だが、あなたの言葉で私はなかなか良い小説を書いたのだということがわかったよ」  

(『炸裂志』443頁。)

 一章の編纂年表にはこの発言をした閻連科がどのような末路を辿ったかが記されている。彼は故郷を剥奪され、二度と炸裂市に返ってくることはなかった。現実は残酷である。反体制派には容赦のない弾圧が加えられる。

 それでも我々と同じ世界に生き、中国に住む閻連科は筆を執り続ける。必ず、抵抗を成功させることはできない。しかし、弾圧されるにせよ、抵抗すること、抵抗を決断することはできるのだ。もちろん、それは日本に住む我々には想像が困難なほどの恐怖を伴う決断である。その事実を忘れて、彼を礼賛するのは、それこそ現実性がないただの願望だろう。

 

参考文献

『炸裂志』(2016)閻連科 泉京鹿訳 河出書房新社

朝日新聞』2012年9月28日付朝刊

コラム072 | 海上自衛隊幹部学校

(2017年8月2日 最終閲覧)

『第101回 雨を降らせて晴れを作る -人工降雨の技術-』TDKマガジン

(2017年8月2日 最終閲覧)

人類史上最速で成長する都市「深セン」で何が起きているのか | 変化し続ける街 知られざる深セン | ダイヤモンド・オンライン

(2017年8月2日 最終閲覧)

www.sankei.com

(2017年8月2日 最終閲覧)

*1:『炸裂志』451頁。

*2:『第101回 雨を降らせて晴れを作る -人工降雨の技術-』。

*3:念の為に言っておくと19章は除く。

*4:『炸裂志』467ページを参照。ただし、これは孫引きで原典は2013年9月29日『東方草報』である。

*5:つまり一章と同じ世界線の。

書評『炸裂志』 閻連科 前編

文責 雲葉零

閻連科の紹介

 村上春樹に返信を送った中国人作家

 時は2012年、尖閣諸島問題で日中が激しく対立していた時期に村上春樹は『魂の行き来する道筋』というエッセーを発表した*1。当時、中国の書店から村上を始めとする日本人作家の本が撤去されるという事態まで起こっていた。

 そんな状況で、村上は「安酒の酔い」という表現で領土問題と国民感情が結びつくことを戒しめた。また東アジア圏での文化交流の発展を評価し、文化の力によって政治的な問題が解決することを期待していたと述べている。村上は題にもなっている、魂が行き来する道という表現で文化交流を維持することの重要性を説いて、エッセーを締めくくった。

 この文章は、日本国内でも賛否の両面から大きな反響を呼んだが、中国でも話題となった。そんな中、村上のエッセーへのいわば返信を発表したのが閻連科であった。それが単行本『炸裂志』内に収録されている『中国の作家から村上春樹への返信』である。その文章で彼は村上と大江健三郎*2への尊敬の念を表明している。さらに反日デモによる打ち壊しの原因が中国人が抱えている説明できない苛立ちにあると推測している。

 作者の経歴

閻連科は1958年に河南省の貧しい農村で生まれた。20歳の時、人民解放軍に入り、創作学習班*3他の作品には魯迅文学賞を受賞した『年月日』、老舎文学賞を受賞シア『愉楽』等がある*4。2014年にはフランツ・カフカ賞を受賞している。またノーベル文学賞候補ともいわれている。もっとも、数十年後にならないと、情報公開がされないので真相は分からないが。

 『炸裂志』とは

 本作は炸裂市政府から作者閻連科が依頼され、執筆した地域史という体裁を取っている。作中では架空の地域炸裂が寒村から大都市へと成り上がっていく様が描かれている。炸裂のモチーフは中国屈指の経済特区深センだとされる*5。ちなみに深センがどのように発展してきたかは以下の記事で知ることができる。

http://diamond.jp/articles/-/114504

 さて、作中で中心人物として描かれるのが、孔家の四兄弟と四兄弟の次男孔明亮の妻になる朱穎である。彼らを中心にざっと登場人物を以下にまとめてみた。

 

孔家四兄弟

長男 孔明光 小学校教師。後に大学教授、学長にまでなる。

次男 孔明亮 庶民から超級都市*6の市長へまで成り上がる。本作の主人公格と言ってよい。

三男 孔明耀 軍人になるが出世できないまま、除隊する。孔明亮のコネで、鉱山を経営し、莫大な財産を築く。また、愛国心に燃え、私兵組織を作り上げる。

四男 孔明輝 成績優秀な学生で大学進学を志望したが失敗。兄のもとで役人となる。兄のコネで出世を遂げるものの、役人生活に嫌気が差し職を辞する。

 

朱穎 孔家と対立していた朱家の出身。孔明亮によって、父親は殺され、炸裂を追い出される。売春業を営み、巨万の富を得る。孔家に復讐するために孔明亮と結婚する。

程菁 孔明亮の秘書を務める女性。孔明亮と共に出世を重ねる。また、彼と性的な関係を持ち、朱穎と対立する。

 

 『炸裂志』のあらすじ

 改革開放政策が取られ、富裕になることが奨励され始めた中国。そんな中、孔明亮は大きな財を築くことに成功する。その手段は鉄道貨物からの窃盗である。また富裕になったことを評価された孔明亮は村長になり、村全体を窃盗団にしていく。こうして炸裂は豊かになっていく。鉄道のダイヤ改訂で窃盗が行き詰まると、朱穎がさらなる商売を炸裂にもたらす。それは村外への売春である。さらには孔明亮が村の外での盗みを命じる。こうして不正と不道徳で得た金を元手に炸裂は凄まじい速度で発展し、孔明亮は出世していく。

  最終19章では、18章の描写で死んだはずの市長、孔明と作者が閻連科が面会する。作者は依頼されていた『炸裂志』を孔明に手渡す。だが、一読した孔明は怒り、『炸裂志』を焼き払ってしまう。

 19章は僅か4頁しかないのだが、このように作品の構造を一変させる重大な章である。敢えて整合的に解釈すれば、2から18章までの描写は炸裂の現実の歴史を元にした、19章に登場する閻連科が創作した小説ということになるのだろう。以下、基本的に2から18章までの描写を元に本作を説明する。

 現実の中国の歴史との対照

 作中では中国の歴史的な事件が度々出てくる。より、作品が理解できると思うので、年表にしてまとめておく。また事件名の後ろの()内の数字は作品内で事件の描写がある頁である。

1978 改革開放政策開始(18) 社会主義経済から市場主義経済への移行が始まる。

1999駐ユーゴスラビア中国大使館誤爆事件(263) コソボ紛争の際、米軍が中国大使館を誤爆した事件。

2001海南島事件(294) 中国機と米軍機が空中衝突。中国側のパイロットは死亡。

巨大なエネルギーを秘めた怪作

 描写においても内容においても、本作が秀でた作品にあることに疑いはない。しかし、敢えて卑近な言い方をするならば、優れているというよりもむしろ凄いのだ。読んでいると溢れんばかりのエネルギーが感じられる。

 常識はずれの内容

 一つには描写の内容が並外れているからである。例えば、作中ではこれでもかというほど政治の腐敗が描写される。例えば、炸裂が鎮から村に昇格する際には莫大な金が費やされ、美しい女性が権力者に送られる。また孔明は上役に炸裂が県になった暁には炸裂の一〇%の財政収入を贈呈することを約束する。

 庶民も腐敗に慣れきっている。そんな中、兄のもとで役人になったものの、不正と過剰な権威を嫌うのが四男の孔明輝である。彼は賄賂あるいは贈り物を拒絶し、役職名で呼ばれるのを好まない。そんな彼に対する周囲の反応は極めて印象的である。彼らは四男が精神疾患を患っていると考えたのである。彼は兄によって精神科での検査を受けさせられる。

 また政治の腐敗と絡んで拝金主義も痛烈に描写されている。前述したように、村長になった孔明亮は鉄道の貨物を盗むことで村を豊かにさせようとする。だが、走行している列車から盗もうとするので危険極まりない。実際に死者が出ることになった。当然、遺族が怒りの声を上げるのだが、孔明亮は簡単に彼らを金で懐柔してしまう。しまいには遺族は喜びの声さえあげる。反米思想を抱いている三男孔明耀に対する、孔明亮の以下の発言は異常なものである。

「心を砕くなら金を稼ぐことにしろ。お前の持ってるその程度の金で何ができるというのだ? 空母が買えるか? 原子爆弾を炸裂に買って、アメリカに向かって発射したい、と言って発射できるというのか? お前の兄として、県長の名誉にかけて言うが、炸裂はまだ貧乏この上ない。炸裂が本当に豊かになったら、お前の兄は県長の地位につくことができる。中国はまだ貧しいことこの上ないが、本当に豊かになったら、中国はアメリカ大統領の地位だって買うことができるのだぞ」

*7

 作中で孔明亮は狂ったように炸裂の巨大化と地位の向上を目指す。この巨大なものを無条件でありがたがる思想は作品を貫いている。例えば、前述した鉄道での事故死の際、彼はこう部下に命じる。

「一番いい棺桶と、一番大きくて、一番厚みのある紀念碑を買ってこい」*8

 そして、発展や巨大化に意義を唱えるものには激しい制裁が加えられる。さらに、その制裁は必ずしも公的になされるわけではないのだ。例えば、炸裂が直轄市になった際に異議を唱えた若者は、圧倒的多数の市民から顔につばを吐きかけられる。さらには、暴行を受けて、死者まで出る始末だ。そこでは誰のための発展なのか、という理屈が抜け落ちている。作中では、炸裂の発展に伴い、環境が悪化し、伝統文化が消滅していくさまも描写されている。

 作中で政治的な言葉の言い換え、あるいはダブルスピークのような語法が蔓延してることも指摘しておこう。例えば、鉄道での盗みのために死亡したものは、豊かになるために命を落とした「烈士」と表現される。また鉄道での盗みに関する以下の文章は言い換えとその効果の典型例である。

村長の孔明亮は、いかなる者にも「盗む」という言葉を口にすることを許さなかった。

(前略)人々は当初、自分で自分を欺くようで滑稽でばかばかしいと思っていたが、孔明料が毎月の月末に村人に給料を払うとき、「盗む」「賊」「かすめ取る」と言った言葉を口にした者の給料から本当に、百元、二百元、と天引きしていたとき、「窃盗」「泥棒」にかんする言葉は炸裂から消えた。毎日列車から盗みをしているという事実さえも、もはや誰も信じなくなっていた。

*9

 以上、述べてきたように炸裂では異常が正常であり、正常が異常*10なのである。そして我々はその状態と現実の中国が生き写しのように似ていることを想起する。例えば、失脚した政治家である周永康とその部下、一族の総資産はなんと一兆五千億円である*11。数億、数十億円で大きな政治問題になる日本とは桁が違う。あまりの腐敗ぶりに怒りの前に呆れや驚きを感じてしまう。実際、閻連科は現代中国について、こう述べている。

「現在の中国ではどんなことも起こり得る!」 

*12

 

 

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*1:朝日新聞』。

*2:大江もまた日中の領土問題に対する見解を発表していた。

*3:私もそれほど詳しくはないが、人民解放軍は文芸や芸能活動に熱心なようだ。コラム072 | 海上自衛隊幹部学校では軍に所属する文芸工作団が紹介されている)。)で創作活動を始めた。彼は軍出身の作家にも関わらず、反体制的な作品を発表することが多く、中国政府から度々発禁処分を受けている。具体例としては、軍人の苦悩と戸惑いを描いた『夏日落』、毛沢東と性描写を絡めた『人民に奉仕する』((中国の政治スローガンである

*4:『炸裂志』461頁及び462頁。

*5:『炸裂志』四六八頁。

*6:日本人には馴染みが薄いが、発展に伴い炸裂は以下のように行政区画の格を上げる。村→鎮→県→市→超級(直轄)市。最上級の直轄市北京市上海市重慶市天津市の四市だけである。敢えて、無理やり例えれば村が東京23区になるようなものだろう。また中国の行政区画は自治区などがあるため複雑で、この階層は一例にすぎないようだ

*7:『炸裂志』298及び299頁

*8:『炸裂志』37頁。

*9:『炸裂志』35頁。

*10:炸裂の大気汚染の描写はこの事態のまさに典型例である。工場のせいで、炸裂の空気は汚れ、臭い。だが、雨が降って匂いが流され綺麗になると、大気汚染に慣れた人々は病気になってしまうのだ。

*11:産経新聞

*12:『炸裂志』458頁。単行本『炸裂志』には『中国の作家から村上春樹への返信』が収録されており、この言葉はその中のものである。

朱を入れること

 つい最近まで、掃除というものが苦手だった。足の踏み場がない、という母親の非難は自覚しながら、同時に、この混沌のなかにもたしかな秩序というものがある。積み重なった本の塔から一冊を取り出そうとすると、必ずとなりの塔を崩し、あらら、と慌てて押さえたその肘が、肝心の塔を崩す。すると、もとの高さに積み直そうにも、もう元の混沌には戻らない。そもそも、もとの場所を覚えていないのだ。その点、この混沌は、そんじょそこらの整然よりも緻密で繊細な秩序を構成しているのではなかろうか、などと、どこか『杳子』の冒頭を思い起こしながら嘯いてみたことも、数知れない。しかし、ある朝、眠気なまこでコンセントの網につまずき、からだを横にしないと扉にもたどり着けない不便さに舌打ちが出たとき、片づけよう、と思い立った。結果、貴重な午前の時間を、本やプリント類の分類、処分に費やすこととなるのであった。

 デジタル化がますます進む世のなかにありながら、私はいまだ紙による保存に妙なこだわりを持っている。出てくる、出てくる、紙の山。半年は裏紙に困らないな。机に広げたノートパソコンから流れてくる音楽を口ずさみながら、ふんふん、と分類を推し進めていると、手のなかで、ぱりぱり、と小枝を踏んだときのような小気味よい音がした。原稿用紙だ。しかもかなりの枚数である。頭には番号が振ってある。所々に散らばっていたそれを、番号順に集める。それは2組、155枚と99枚、それぞれ未完成の作品であった。短い執筆歴において、パソコンのワープロソフトで書くことがほとんどであるが、ときたま、こうして手を使って書きたいという衝動に駆られ、生協で原稿用紙をまとめ買いして、文章を書いてみることがあった。

 未完ではあるものの、どちらも題材には思い入れがあった。証拠に、1ページ目を開いてみれば、いつ頃、どんな場所で書いたか、それを書くにあたって影響されていたもの、こだわり、みな思い出せたのである。この間、片づけが中断したのはいうまでもない。

 未完の傑作より完結した駄作、という言葉を思い出し、これもなにかの縁だ、完成させてやろう、と、まずはすでに書かれている分の推敲に取りかかることにする。休憩と称して、掃除が終わって見た目だけは広くなった机に、コーヒーを準備し、赤ボールペンを片手に、原稿用紙に相対する。お世辞にもきれいとは言えない自分の字に、ああ、ここはたしか講義中に隠れて書いていたところだな、とノスタルジーに浸っていた気分は、しかし、たちまちに霧散する。

 おれ、こんなに下手だったのか。いや、年齢の問題ではない。語彙といった点ではそう変わらないと思うし、むしろ、当時の方がどことなく洒落た言葉を使えている気がする。

 しかし、それにしてもくどい。説明的な文章が、分量の割になにも説明できていない。接続語が多い。台詞がクサい。なんだ、この三点リーダー。視点がごちゃごちゃじゃないか。「いかんともしがたい」などの言い回しが明らかに浮いている。ここ、かっこつけているつもりなんだろうが、それがかっこ悪いぞ。

 それはもう、問題点ばかりが出てくる。どことなく、一昔前に流行った(いまは知らないが)、すかした主人公のライトノベル作品の文章の感じがあり、これもこれで、この方向で振り切っていればいいのだが、中途半端にブンガクたろうとしているところなど、救いようがない。

 文章、そこそこできる方だと思っていたんだがなあ。数ヶ月ほど前に書いた短編で、いまの自分にできるほぼ最高の文章と表現を達成できた、と自負していただけに、過去の自分への落胆が大きい。こいつ、自分から切り離してしまおうか、などと、一瞬とはいえ、衝動的に奥歯に力が入った。意図して肩の力を多分に抜き、コーヒーを一服。気持ちを落ち着けてから、改めて推敲に挑む。長らく疑問であったが、執筆というものには出産に関連する言葉がしばしば用いられる。処女作、中絶、流産。もうちょっといい意味で使われてもよかろうに、とは思うが、とまれ、こんなものでも、自分の書いた文章は、いわば子どもみたいなものだ。愛をもって、この手のかかる息子(なぜだか娘には思えなかった)と相対してやろう。

 20×20のマス目、直しがないページはひとつとしてなく、ときに、半分以上の分量を削って隙間がなくなるほど真っ赤になった原稿用紙を見て、もしかしたらこの数年間で、多少なりとも文章の技術が向上しているか、あるいは、文章の下手さがましなものになっているか。とにかく成長しているのかもしれない、と思った。推敲された文章には、多少なりとも、その間に読んできたいくらかの書物や経験が、色を添えてくれるだろう。

 訂正の血潮のような朱の下では、かつての自分が、なんで直すのさ、とふてくされている。悪いなあ、なんてつぶやきながら、またひとつ、トルツメの直線をいれる。この作品が一応の完結をみせたとき、そこにはきっと、また新しい朱が入るのだろう。

書評『鏡の中を数える』プラープダー・ユン 後編

オタッキーな家族』

 オタクという言葉よりもむしろ、それぞれが奇癖を抱えている家族といったほうが分かりやすいだろう。少なくとも、彼らはアニメ、漫画、アイドル、鉄道などのよくいるオタクではない。

 そこで、家族構成と彼らの奇癖を紹介する。

カーン 語り手。

ウティット 語り手の父 トイレオタク。

キン 語り手の姉 奇問オタク。

トン 語り手の弟 抜け毛オタク。

語り手の母 故人。

 家族の奇癖が強烈であるが、短編の構造自体は複雑なものではない。この作品は父親の誕生日会を中心に描かれているので、そこでの彼らの具体的な奇癖ぶりを紹介しよう。父親は会場に日本料理店を選ぶのだが、その理由はトイレが日本式だからである。そして彼はトイレ撮影のためにわざわざカメラを持ってくる。撮影フィルムは三個。弟のトンは語り手であるカーンの抜け毛を採集する。姉のキンはもし、眉が目の上ではなく下だったら、どうなっていただろうという奇問を発する。

 この短編で興味深いのは、彼らの奇癖が家族のつながりを形成していることだろう。例えば、語り手は以下のような思い出を持っている。語り手は子供時代に父にトイレ(タイでは浴室を兼ねている)の絵を描かされたことがあった。そこで姉は紙のトイレでどうやって水浴びをするのかという質問をする。弟は絵にゴミ受けの栓がないので、抜けた髪がすべて流れてしまい、もったいないと文句をいう。トイレの絵を描かせるという、父親の奇妙な行動によって、家族の会話と思い出が生まれているのである。

 ここで注目すべきなのは、彼らはそこまで仲が良いというわけではないが、仲が悪いというわけではないはずだ。もちろん、子どもたちがあまりに幼いのであったら、家族から離れるという選択肢は現実的ではない。だが、最も年下のトンでさえ大学学部の四年生、姉妹に至ってはもう働いている。経済的に、語り手と姉は経済的に自立できているはずである。また、語り手は作品冒頭で、家族の奇癖に対する嫌悪感を表明するが、父の誕生日会に出席する程度には仲が悪くない。

 宇戸は「オタク行為によって、しか紐帯を確認できないファミリー」*1と彼らをやや否定的に評している。私はむしろ彼らのようなつながりを築けている家族のほうが、現代では少ないのではないかとさえ感じる。成人した子どもたち全員に誕生日会に出席してもらえる父親がどれだけいるだろうか。もちろん、日本とタイの文化的差異は考慮しなければならないが。

 ここでディズニーランドでぐったりするお父さんというイメージを考えてみたい。なぜお父さんはぐったりしてしまうのか。それは彼が家族サービスをしてしまうからである。あるいは彼が家族サービスを要請されるからである。

 もし、サービスをする必要がなくても、ディズニーランドにあまり興味が無いかもしれない。例えば、ある父は絶叫コースターやメルヘンチックなアトラクションが嫌いかもしれない。ここで、語り手の父、ウティットを考えてみよう。彼なら喜々としてディズニーランド中のトイレを楽しむであろう。

 分かりやすい例だから父親を出したがこれは子供や母親でも一緒である。趣向が一致していない限り、同じように物事を楽しむことは出来ない。誰かが我慢をして周りに合わせなければならない。

 なぜならば、家族はそもそも趣味、趣向によって形成された集団ではないからである。もちろん、家族が互いに多少の影響をあたえることはありうる。だが趣味のサークルを考えてみれば、その差異は明らかである。そして、我慢に耐えられなくなった構成員は家族と疎遠になるか、そこまで行かなくても家族と出かけるようなことはしなくなる。

 ここで話を語り手の家族達に戻そう。語り手の家族達は、日本料理店で食事をするという同じ体験をしながら、まったく違う目線を有している。父はトイレを楽しみ、姉は奇問を尋ね、弟は抜け毛を集める。一方で、彼らはそれなりの量の会話*2を交わしている。彼らは場を共有しつつ、異なる方法で楽しんでいる。これが彼らが、緩やかな家族のつながりを形成できている理由である。

  最後には、語り手自体も、奇癖を抱えているということが、家族からの指摘で明らかにされる。なんと語り手はパンツを履いていなかったのだ。信頼できない語り手という大仰な言葉を使うよりも、ジョークのオチと言った説明のほうがしっくり来る終わり方である。

 

 以下、本稿で取り上げなかった作品の少しばかりの紹介。

『存在のあり得た可能性』 

 「ぼくは絶対に変わらない」と書いてある中学生時代のメモを目にし、語り手は自分の人生を見つめ直し始める。彼は子供の頃、哲学者の箴言を読むのを好み、大学時代には芸術家を目指した。だが挫折し、現在就いている下らないCMづくりの仕事とそれによって得た成功にうんざりしている。基本的に鬱屈とした小説だが、ユーモラスな場面もあるのが面白い。

 例えば、CM内容の陳腐さについての描写にはくすりと笑わされてしまう。具体的に、語り手が担当した口臭ドロップのCMを説明する。語り手はCMにドラキュラを登場させる。美しい女性を噛もうとするドラキュラ。女性を助けようとするハンサムな男性の十字架による攻撃はドラキュラには通用しない。なぜならば、ドラキュラは仏教に帰依しているからだ*3。そして、ドラキュラが女性に口臭を嫌われてドロップを舐めなければ噛むことができないというオチが用意されている。こんなCMを無理に作らなければならないとしたら、ちょっとぞっとする。

 

『あゆみは独り言を言ったことがない』

 この短編には二人の主人公と言っていい、中心的な人物が描写されている。あゆみとAYUMIである。敢えて現実的に解釈するならば、AYUMIはあゆみの別人格である。AYUMIが誕生したきっかけはあゆみが父親から性的暴行を受けたことであった。あゆみは日本とタイの混血児であるケンと付き合い、タイに行くことになる。

 本筋とはあまり関係ないが、ケンの知り合いであるドイツ人の三人組を「ナチの三人組」とあゆみが呼んでいる描写には笑ってしまった。他にもドイツ人三人組の一人、ヨセフとケンが大麻を吸い、トイレから帰ってきた描写もなかなかであった。

 

ケンとヨセフは互いに首に手を回してトイレから帰ってきた。ヨセフはまるでたったいま、麻薬解禁のノーベル賞をもらいでもしたかのように満面に笑みを浮かべている*4

 

 

『重複する出来事』

 僅か一〇頁ほどの短編なのに、描写の重点が置かれる人物が次から次へと移り変わっていくのが特徴。そして彼らは互いに関係性を有している人間たちである。具体的に言うと、最初に描写されるのはポーという男性なのだが、その次に描写されるのはポーの兄である警官なのだ。

 また、最後に描写される人物が作中で読んでいる本の始まりが手が込んでいる。その文章は短編の終わりに地の文で提示される。それが、この短編の始まりの部分、つまりポーの描写なのだ。もっとも、厳密に言うと、少し冒頭がカットされているのだが。つまり、この短編は円環あるいは入れ子構造となっており、典型的なメタフィクションと言える。

 

『トンチャイの見方』

 九歳の少女トンチャイの物の見方が描写されている。例えば、彼女は一足す一がニになるということが理解できず、一か三以上になるはずだと考える。

 

『肉の眼で』

 語り手がプロンという知り合いから、呼び捨てにする保証書をもらうという奇妙な場面から短編は始まる。プロンはこれが保証書だといって、署名付きの紙を渡してくる。

 語り手がプロンと出会ったのは公園でジョギングをしている時だった。プロンは公園で人間観察をし、その人間が善か悪かを判定していた*5顔を見るだけで善か悪が分かるという彼と語り手との交流が描かれていく。

 

『消滅記念日』

 初めて出会った、見知らぬ看護師の女性からお父さんと言われた語り手は困惑する。しかし、彼が彼女に強く反論することはなかった。いくら自分の名前、年齢、性別、職業などを挙げても、自分の存在を説明することは出来ないと感じたからだ。そして彼は徐々に女性の父であることを受け入れ始めていく。

 

『リビングの中の乳首』

 若い女性であるワリーは夫を目の前での交通事故でなくす。その後、疎遠だった義母を訪れた時に彼女は珍妙な事実に気づく。自分をモデルにし夫が捏ねた乳首の像がリビングに飾られていたのだ。夫が義母には、その像を肉まんと説明していたという描写は単純に笑える。

 

『スペースを空けて書く人』

 スペースに異常な執念を燃やす語り手が描写されている。スペースにここまで重点を置いた小説は見たことがない。

 

『母さん雪をあげる』

 脳の障害あるいは病気を持った男性と母親の話。子供の頃から男性は、何故か一度も見たことがない雪という存在を知り、草を母親に対して手渡してくる。雪を持ってきたよ、と言いながら。そんな彼女たちは雪のあるアラスカに旅行をすることになる。

 

引用文献一覧

『鏡の中を数える』 宇戸清治訳(2007) タイフーン・ブックス・ジャパン

『現代タイのポストモダン短編集』 宇戸清治 編訳(2012) 財団法人大同生命国際文化基金

参考文献

http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/udo/pura.pdf

東京外国語大学 『タイ化されたポストモダン文学の愉しみ』(2017年7月27日最終閲覧)

 一瞥したところ内容は『鏡の中を数える』の訳者あとがきと同じようです。ただウェブ上からアクセスできるのは便利なので、載せておきます。

*1:『鏡の中を数える』237頁。

*2:と言ってもそれぞれの奇癖が会話の中心だが

*3:如何にもタイらしい。

*4:『鏡の中を数える』84頁。

*5:小説ならばともかく、現実ではあまりお目にかかりたくないタイプの人間だ。

書評『鏡の中を数える』プラープダー・ユン 前編

 雲葉 零

 『鏡の中を数える』は一二の短編が収録されている、短編集である。この短編集に収められている『存在の有り得た可能性』は東南アジア文学賞を受賞している。また、訳者はタイ文学者で東京外国語大学名誉教授の宇戸清治である。

 プラープダー・ユンはまだ四〇代だが、現代タイ文学界では著名な作家である。また、日本文化に造詣が深く、禅や茶道を学びに何度も来日したことがある。その日本文化への関心は、方丈記から浅田彰中沢新一現代思想にまで及ぶ*1。本短編集にはメタフィクション、あるいはポストモダン的な作品が多く収録されている印象を受けた。また、作中にはしばしば日本人の語り手や日本文化も登場している。

  一二もの短編が収録されているので、全ての作品の内容を詳しく見ていくのは容易ではない。そこで、まずは私が気に入った短編を中心に紹介していく。また長くなったので、前後編に分割してある。

 

『マルットは海を見つめる』 『バーラミー』

 二つのタイトルを続けて書いたのは誤記ではない。この二つの作品は内容的に深く関係しているから、一体として見ていく。

『マルットは海を見つめる』では作中人物が、自分が作中人物であることを自覚している*2。そして「作者であるプラープダー・ユン」をひたすら罵倒し続ける。

 しかし、正直私はこの作品をあまり高く評価していない。というのも、どうにも子供だましに近いような印象が拭いきれなかったからである。結局、ユンがこのような小説を書いているだけだろうと感じてしまう。

  元々、私はメタフィクションがあまり好きではないのもこの理由による。メタフィクションでは、しばしば、小説が作りものであること、作者の厳密な制御下にあることが白日のもとにさらされる。いわば、人形を操っている黒子が顔を隠さないようなものだ。そこで喜ぶ人もいるだろうが、私はどちらかと言うと白けてしまうのだ。もちろん、そういう効果を狙って書いているのだと反論もありうるだろうが。

 続編とも言える『バーラミー』は、この問題にある種の解決策を提示しているように思える。その解決策のキーワードはゴーストライターと三角関係である。

 以下の箇条書きを適時読んでいただけると、ある程度『バーラミー』の構造が理解できると思う。

 

1 プラープダー・ユン 私達と同じ世界に生きている作者。ただし、作中での言及はない。

2 プラープダー・ユン 『バーラミー』の作中で、「プラープダー・ユン」作品の作者と世間に認識されているとされる人物。また本名もプラープダー・ユン。ただし、名前を貸しているだけで、実際には書いていないとされる。

3 2のプラープダー・ユンのゴーストライター 作中で『バーラミー』の語りてであり、プラープダー・ユン作品の作者とされる。

 

 この三角関係によって『バーラミー』は『マルットは海を見つめる』とは比較にならない複雑性を獲得している。三角関係は一対一の関係性とは比べ物にならない深みをもつのだ。脱線して、中国史の例を引けば項羽と劉邦の対決よりも三国志のほうが多くに人にとって馴染みがあるように。

 いちいち説明をつけ加えるのは煩雑なのでこれからは彼らを割り振った数字1、2、3にユンという名前を付け加えて指示する。また時には数字のみで指示する。

 ざっとあらすじを述べよう。語り手である3のユンは2のユンとたまたま香港への船上で出会う。3は元々小説家志望であったが、出版社から良い返事を貰えていなかった。一方、2は名声が欲しく、作家になりたいと考えていたが、小説を書く気はなかった。また、2はメディア界で力を持った両親を持っているた。そこで二人は3が2のゴーストライターになることに合意する。両親の七光りもあって、3が送ったプラープダー・ユン名義の作品は評価される。3は次々とプラープダー・ユン名義の作品を出し、2は名声を得ることに成功する。

 しかし、2はプラープダー・ユンという名前が文学的な名声を得たことにによって、行動に不自由を感じ始める。そこで彼は3にある提案をする。3が2のゴーストライターである事実を暴露してほしいというのだ。3はそんなことをしても小説上のトリックだと思われるだけだと反論するが、2はそれでも構わないと言う。こうして『バーラミー』という短編が一種の暴露話であることが明かされる。

  ちなみに『バーラミー』で描写されている2のユンの経歴は、どうやらかなり1と同じようである*3

 ここで内容的にも形式的にも興味深い2のユンの発言を引用しよう。その発言は3のユンに聞き取られ、彼によって書かれている。2はタイの批評をこう批判する。

タイの批評はどれも哀れむべきレベルだ、と彼は珍しく自分の意見を口にした。それは筆者がそろいもそろって、自分は何百冊もの洋書を読んだのだからなんでも知っている優れた批評家なのだと勝手に思い込んでいるからだ。(中略)欧米でポストモダンが流行ればタイでもポストモダンというわけさ。モダンだって本当は分かる人間が数えるほどか、あるいは全くいなかったかもしれないのに。

 タイでは、洋書をいくら読んだかが知識があるかどうかの、判断テストとして使用されることを指摘するのである。これは日本も含めた影響力のない下流文学の避けられない宿命である。

 もちろん、小説の中で「作者」が意見を述べているからと言って、それを単純に真に受けるのはナイーブ過ぎる*4。私としては、ただ一般論として、2のユンの意見に共感すると言っておくしかない。

 もっとも、メタフィクションなど眼中になさそうな作品の場合は別である。小説ではないが、例えば『ゴーマニズム宣言』を考えてみればいい。小林よしのりは漫画の中の小林よしのりと自分の主張が合致すること、二人が同一であることについて首肯するだろう。また読者もそのことに疑問を持つことはない。

 作者たる1のユンは作中の2のユンに引用した文章を言わせた。例え、それが事実だとしても、1のプラープダー・ユンが引用した文章の趣旨を認めているというわけではない。だが認めていないとも言えないのである。そして、その真偽を判定するのは作品内部からは不可能と言えよう。

 ここで『マルットは海を見つめる』との違いを考えてみよう。『マルットは海を見つめる』に投げかけられる所詮文学実験という批判は、作品内ですでに回収されている。作中人物が作中人物を自覚するという手段を取っていないからである。あくまで現実に存在すると主張する人物である3がこの小説を書いているということの効果である。

 また、2のユンが自分の名声にうんざりするシーンは印象的である。何故ならば、例えゴーストライターを起用していなくても、作者がこれまでの作品や名声に影響されるということはありうるからである。逆の言い方をすれば、本名やペンネームを継続して使い続けるということは一種のゴーストライターなのである。それはたとえ、小説を書いていなくても同じである。前述したとおり、作中でも名前をプラープダー・ユンに変えただけで作品が受け入れられたことが書かれている。

 しかし、以上のような込み入った解釈を弄しても、まだこの作品の紹介は不十分だろう。是非、実際に手にとって読んでもらいたい。頭がクラクラしてくるだろうが。理路整然とした解釈など端から、相手にされないような短編なのかもしれない。いや理路整然とした解釈そのものを求めるではなく、解釈に至る思考と戯れる作品といったほうがいいのかもしれない。

 

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に続く

 

 

 

 

 

 

*1:『現代タイのポストモダン短編集』270及び271頁。

*2:ここで私は、筒井康隆虚人たち始めとする作品群を思い出した。日本文化に詳しいユンならひょっとしたら読んでいるかもしれない。

*3:『鏡の中を数える』236頁を参照した

*4:この点については、宇戸が訳者あとがきで引用した文章を無批判に1の「プラープダー・ユン」の意見だと受けといっていて驚いた。